(ロ) 作動
(a) クラッチ本体 クラッチ内部の作動については、2・166図に示す如く、油ポンプから圧送された作動油が矢印の方向に油通路を通り、クラッチ油圧ピストン背面の浅い凹部全面に充満し、ピストンを図に向って右方へ押し出す。即ち、ピストンに油圧がかかり、摩擦板とスチールプレートを摩擦板受板に圧着する。摩擦板およびスチールプレートには、それぞれ外周又は内周に歯型の溝が切ってあり、また同様に駆動歯車軸外周およびクラッチ箱の円筒内周面上にもそれぞれ歯形溝が切られているのでこれらが互いに噛合い、軸方向に移動しながら圧着によって回転方向へ力が伝わる。この部分の機構関係は前掲の「機械式多板クラッチ」と同様である(但し油圧式クラッチには後進用の制動帯というものはない)。
次に、油圧が解放されると、油圧ピストン戻しばねにより油圧ピストンが押し戻され、摩擦板とスチールプレートが離れる。なお、スチールプレートにはそり加工を施し摩擦板との接触面積を少なくしてあるので軸が回転しても動力は伝わらずクラッチが中立になる。又、面圧力をやや弱目にして(油圧を減らす)摩擦力を落しスリップさせながら伝動する場合を「半クラッチ」と通称し、トローリング時の微速運転等に使用されている。
以上の各作用すなわちクラッチヘの動力伝達径路および軸の回転方向について整理してみると次のようになる。
[1] 中立時回転部分
入力軸(1)→前進クラッチ歯車(5)→後進クラッチ歯車(6)
[2] 前進時の動力伝達径路
入力軸(1)→前進用クラッチ(3)→前進用駆動小歯車(2)→減速大歯車(4)→出力軸(9)→プロペラ(10)
[3] 後進時の動力伝達径路
クラッチ軸(1)→前進クラッチ歯車(5)→後進クラッチ歯車(6)→後進用クラッチ(7)→後進用駆動小歯車(8)→減速大歯車(4)→出力軸(9)→プロペラ(10)
(b) 前、後進切換弁、作動油圧調整弁
2・168図に切換弁の断面詳細を示す。切換弁を前進または後進に切換えると、油ポンプから送られた作動油は前進または後進クラッチの油圧ピストンと油圧緩衝絞り弁[5]に送られる。右図のピストン位置で油圧ピストン室に作動油が充満すると左図のように油圧緩衝ピストン[4]を調整ばね力に抗して図の右方に移動させる。油圧緩衝ピストン[4]が図の右方に移動すれば調整ばねが圧縮されて作動油圧調整弁[3]の開弁圧が高くなる。しかし、緩衝ピストンの右方への移動速度は作動油が緩衝絞り[5]の小さなスキマを通って送られるため流量が少く動きが遅い。
従って圧力はゆるやかに上昇するのでクラッチは円滑に接続される。
切換弁レバーを中立にすると、前進又は後進クラッチ室および緩衝絞り[5]の油路はドレンに開放され、油圧ピストンは元にもどりクラッチは中立状態となる。
2・168図 切換弁
また緩衝ピストン[4]は図の左端に移動し、作動油圧は低下する。
なお、前進、後進、中立時のいずれの場合にも、作動油圧調整弁[3]からの余剰の油は潤滑油圧調整弁により調圧されて、摩擦板、ブッシュ、スプライン等クラッチ内部の潤滑を行う。
(ハ) 非常(故障)の場合のクラッチ結合法
もし、何かの原因でクラッチがスリップしたり、又は作動しない場合には、前進用クラッチは緊急ボルトを締付けることにより、応急的にクラッチを結合することができる。
不具合が発生したら直ちに機関を停止し、2・169図に示す緊急ボルトを、付属されている図のような工具で締付け、クラッチを結合させて航行(前進のみ)する。
緊急ボルトは港まで航行するための応急処置用である。なお、メーカによりこの方法には若干異なるところがあるのでそれぞれの取扱説明書によること。
2・169図 緊急ボルト締付図
なお、緊急ボルト使用時は、クラッチは前進側と直結となり、中立、後進の操作はできないので機関始動および着岸時には注意すること。また運転は取扱説明書に指示された回転速度以下で行うこと。