日本財団 図書館


第1部 発言内容
1.報告要約(Summary)
 
「中国から見た朝鮮半島情勢」
 
 第1回南北首脳会談からまもなく1年となるが、米国ブッシュ政権の発足により朝鮮半島情勢には暗雲が立ち込め始めた。半島における情勢の急激な変化にともない外交ゲームが活発化してきた中での、北朝鮮の国内状況の変化、中国の朝鮮半島に関する政策について言及する。
 
“Conditions on Korean Peninsula from China's Perspective”
 
 Nearly a year has past since the first summit was held between the heads of state of North and South Korea.Now with the transfer of US diplomatic policy to the Bush Administration,dark clouds are gathering over the state of affairs on the Peninsula.Addressed at the Seminar was China's policy regarding the Peninsula as North Korea's internal conditions shift amidst an intensifying diplomatic game being Played among major actors in a rapidly changing North-South climate.
 
司会
  お時間が少々過ぎましたので、始めさせていただきます。
 本日はご多忙の中、東京財団のセミナーにお越しいただきましてどうもありがとうございます。本日は、3月よりこちらの財団で客員研究員として研究活動を行っていらっしゃいます姜龍範教授を講師としまして、「中国から見た朝鮮半島情勢」をテーマとしてセミナーを開催させていただきます。
 まず姜教授をご紹介させていただきます。姜教授は中国の延辺大学で歴史学を専攻され、その後同大学の歴史学部で教えていらっしゃいます。現在は延辺大学東方文化研究院の副院長、中朝日関係史研究所の所長、歴史学部の教授を兼任されています。本来でしたら姜教授の専攻分野は歴史学ですが、現在は現代の国際政治にも研究範囲を広げていらっしゃるようです。姜教授は東京大学に2年間の客員研究員としての滞在のご経験がありますので、本日はセミナーを日本語でさせていただきます。これから1年間、当財団で北東アジアにおける秩序形成について研究されまして、政策提言を作成することになっております。
 また、本日はモデレーターとして、防衛研究所教官の武貞秀士さんにおいでいただきました。改めてご紹介の必要もないと思いますが、武貞さんは日本における朝鮮半島研究の第一人者で、姜教授が日本にいらっしゃる間のアドバイザーのような役目も果たしていただいております。では武貞さん、姜さん、よろしくお願いいたします。
 
武貞
  ただ今ご紹介にあずかりました防衛研究所の武貞でございます。それでは本日は「中国から見た朝鮮半島情勢」というテーマで、姜龍範博士から45分間ほど日本語でプレゼンテーションをしていただきます。その後、皆様との問で質疑応答を約45分、そして、場所を変えてコーヒーを飲みながら意見交換を続けていただきたいと思います。
 姜先生のご紹介の中に1つ付け加えておきますと、延辺大学というのは中国の朝鮮族自治州にある公立の大学で、北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国との学術交流関係もあります。そういったこともありまして、姜先生は昨年12月平壌を訪問されて、北朝鮮の専門家との意見交換もなさっています。そうした経験も今日は聞けるのではないかと期待しております。それでは姜先生、お願いいたします。
2.講師報告
姜龍範
  皆さんこんにちは。ただ今ご紹介にあずかりました姜龍範と申します。実は日本語で講演を行うのは本日が初めてですので、皆さんの質問にお答えするときや私の発表の際に表現を問違えるところもあると思います。その点ご了承くださいますようお願いいたします。
 皆さんもご存じの通り、去る2000年度は国際政治と安全面において非常に意味深い年であったと言えます。なぜならここ1年間は、われわれが予測できなかった重大な事件が次々と起きた年であるからです。そして、国際政治問題の専門家たちは、それぞれの視点から2000年という年の特徴を評価しております。
 例えば、ある人は「2000年は非常に重要な選挙年だった」と言っています。ロシア、アメリカ、イスラエル、日本また台湾においても、新しい大統領あるいは首相が選ばれたからです。またある人は「2000年は各国の軍備競争が一層激しくなった年である」と言っています。アメリカの軍備は冷戦後10年ぶりに3千億ドル台に上がり、ロシアは前年に比べ30%、インドは28.2%、中国も17%以上伸びたということです。これ以外にも現在推進中のアメリカのNMD、アメリカと日本のTMD、および韓国国産ミサイル射程の300kmまでの延長など、一言で言いますとコソボ危機の余波は現在、北東アジアにおける一部の国の警戒心を依然として残しております。
 もし国際問題の専門家をして、世界で2000年に起きた主要な事件を2つ選ぶとすれば、朝鮮半島情勢の急速な緩和、および中東和平交渉の挫折が挙げられるでしょう。本日ご報告させていただきたいのは、この中の1つである朝鮮半島問題です。
 周知の通り、冷戦の遺物と呼ばれてきた朝鮮半島は、昨年6月に行われた第1回南北首脳会談をきっかけに急速に緩和し始めました。このため北東アジア地域では大きな政治的地殻変動が起こるようになりました。特に朝鮮半島に重大な利害関係をもっている中国、アメリカ、日本、ロシアの四大強国は、表では歓迎と支持の姿を見せましたが、その裏ではそれぞれの利害関係を図りながらこれからの対策を講じています。従って、現在、南北をめぐる激しい外交ゲームが展開されつつあります。
 それでは、首脳会談以降の朝鮮半島情勢をどのように見たらいいのでしょうか。そして半島をめぐる周辺大国の利害構図はどのように変化しているのか、また国際環境の変化に伴う北朝鮮の改革・開放政策をどのように見るべきなのか。本日はそれらを考察した上で、さらに中国の外交における朝鮮半島の意味にも簡単に触れてみたいと思います。
 首脳会談からこれまでの朝鮮半島の情勢を簡単に振り返ってみますと、共同宣言の発表以降、南北関係は飛躍的な発展を遂げました。統計によりますと、今まで南北の間では首脳会談を含め閣僚級会談・国防長官会談・赤十字会会談は、合わせて25回行われています。このような状況を踏まえて見ると、南北関係の発展は次の4点にまとめることができると思います。1)関係改善のスピードの速さ、2)関係改善に関与する人々の地位の高さ、3)関係改善が起きている分野の広さ、4)影響力の強さです。
 しかし、南北関係は今年に入って、特にアメリカで新政権が発足した後、スムーズに進んでおりません。ご存じの通り先月13日予定された第5回目の閣僚級会談、今月3日に予定された第4回赤十字会談、および卓球世界選手権大会においての統一チームの結成などは、北朝鮮の一方的な理由で延期、またはキャンセルされてしまいました。このように南北関係はいつもその持続性が問われておりますが、それは現在、両国ともいろいろな不安定要素を抱えているためだと思います。
 まず、両国はいずれも冷戦意識を放棄しておりません。2000年度の韓国の国防白書には、依然として「北朝鮮が主敵である」と書かれております。また北朝鮮の労働党規約および韓国の国家安全法は、いずれもまだ改正される見込みはありません。最近の事情を見てみますと、先月26日に行われた韓国の内閣改編で新しいポストに就いた統一部長官は、韓国の民間団体である統一連帯の平壌訪問を認めず、また国防長官は韓国とアメリカの同盟関係の強化を主張しましたが、これも北朝鮮の不満をあおることになりました。
 次に、両国はいずれも冷戦時代の戦略目標を変更せず、いまだに160万にのぼる軍隊を38度線の両側に対峙させております。4月1日付けの韓国の統一ニュースによりますと、北朝鮮のミサイル部隊が最近非武装地域へ移動配備されたということです。南北関係が膠着したことについて在日朝鮮人総連の機関紙である「朝鮮新報」は「アメリカが強行政策をとったため朝米関係は朝米共同コミュニケ前まで後退しており、これは南北関係にも影響を及ぼしている」と述べております。
 このような不安定要素を解消するために一番欠かせないものは、やはり金正日国防委員長のソウル訪問であると思います。ただし金正日氏のソウル訪問は、必ず米朝関係の改善がポイントになるでしょう。では訪韓の時期について簡単に申し上げますと、今のところ上半期は難しいと言われています。列国議会連盟(IPU)総会に参加した北朝鮮代表団のメンバーである馬永日議員は、4月2日金正日氏の訪問について「今年中ということははっきりしているが、上半期は難しい」と述べています。私が思うに、多分これも人を通じてのメッセージではないでしょうか。
 それから、1つの意見として、「6月15日から8月15日まで行われる民族統一促進運動期間中ではないか」という声があります。さらにまた「10月中旬ごろ京義線工事が完了すれば、電車で行く可能性も高い」という意見もありまして、私自身はこの3番目の見解が有力だと思います。アメリカの北朝鮮に対する政策が、上半期には正式に決まると思われますので、それを見届けてから韓国の訪問も実現できると。また訪問に必要な調整を行わなければなりませんから、そのための時間も十分いると思われるからです。それに今までの様子ですと金正日氏は飛行機が嫌いですから、電車で行けるならばそれが時間的にも距離的にも一番近いと思います。
 朝鮮半島を中心とする北東アジア地域は元より大国の数が多く、国力の小さい国が力以上に活躍しており、また政治地理的な関係が複雑で、各国間の外交ゲームが交錯する場所であるという点が目立ちます。そのため朝鮮半島は昔からアジアのバルカン半島、あるいはコソボと呼ばれるほどでした。周知の通り、2000年に入ってから朝鮮半島情勢は急激に変化し始めました。それに伴って半島をめぐる外交ゲームも活発に行われましたが、ゲームに参加した国は中国、アメリカ、日本、ロシアなど本地域における大国に留まらず、EU,ASEANなど本地域以外の国家も入ってきました。
 従って、これら各国の戦略目標もそれぞれです。ある国は半島問題の主導権を握るため、またある国は発言権の喪失を防ぐため、そして半島問題における孤立化と国内圧力のためという国もあれば、再び半島へ戻って伝統的な発言権を取り戻すためという国もあります。しかし、一番不思議なのは、このゲームの中心が大国でもなければ強国でもない、長い間西側によって放棄された北朝鮮であるということなのです。
 昨年1月、北朝鮮はイタリアとの国交樹立をはじめ、全般的開放政策に取り組みましたが、すでにフランス、アイルランドを除いたEU13カ国を含め、合わせて145カ国との国交樹立を実現しました。これは北朝鮮が最も誇りとしているところです。
 昨年12月中旬ごろ、私は大学の代表団の一員として北朝鮮を訪問しましたが、そのとき労働党中央部長である姜錫崇氏とお会いすることができました。姜錫崇氏は、現在北朝鮮の外務省第一副部長である姜錫柱氏の兄です。もちろん、金正日氏とは会えませんでしたが、お土産はたくさんいただきました。お酒3本のセットと高麗磁器で、ちゃんとサインのある明細書ももらいましたよ。
 さて、姜錫崇氏ですが、「金日成主席が亡くなった後、西側では北朝鮮が3日もたたないうちに崩壊すると言われていたが、3日たっても3ヶ月たっても、また、3年たっても崩壊しなかった。今は西側の方から頭を下げて訪ねて来る」というようなことを言っていました。
 そして、その話が、ちょうど今年の1月1日の労働新聞の社説に載ったのです。全く同じ内容でした。これを少しご紹介しますと、「去る1年は、社会主義朝鮮の尊厳と栄誉が世の中に非常に広く知られた年であった。わが国は世界政治の焦点となってきた。われわれの断固たる戦いによって、帝国主義者の孤立圧殺策は失敗を免れなかった」ということです。
 最近朝鮮半島を中心に、周辺諸国は活発な外交活動をとっております。例えば、金正日氏の2回にわたる異例の中国訪問、金大中大統領のアメリカ訪問。また、韓国の外相から河野外相へ対北政策への協調が事前要請されたことをかんがみますと、森首相のアメリカ訪問も関連してきます。また3月26日はソウルにて開かれたアメリカ・日本・韓国次官級会合、そして中国の曽慶紅共産党書記による北朝鮮訪問がありました。これについては今、中国国内でもいろいろ議論されています。今回金正日氏と特別な関係を築いたようですね。金正日氏が2度にわたって会見した上、一緒にいろいろやったと見えます。そのとき日本の新聞やインターネットでも取り上げられましたが、この曽慶紅という人が中国の江沢民の側近だということは皆さんご存じの通りです。彼の訪問により、今年中に江沢民の北朝鮮訪問が行われるであろうと予想されます。
 また、中国対外連絡部部長の戴乗国という人が最近ソウルを訪問して、金大中と林東源統一部長と会見し、朝鮮半島に関する問題の協議を行いました。それから今月中に金正日氏のロシア訪問が予想される上、近々北朝鮮とクウェートなどの中東国家との外交も活発になる見込みです。私の考えでは、これは多分アメリカを刺激するための行動ではないかと思います。特に北朝鮮に厳しい姿勢を見せ始めたアメリカの代わりにEUが登場して仲介役を狙っていますが、すでに5月までに平壌とソウルを同時訪問すると発表しました。また3月30日、韓国の朴吉淵外務次官が中国を訪問し、銭其副総理と会見しました。多分これは銭氏がアメリカ訪問の結果を説明したのではないでしょうか。朝鮮半島をめぐるこのような外交上の動きは今までに見られなかったものであり、このゲームの激しさが端的にうかがえると思います。
 結論を言いますと、朝鮮半島情勢の基本的な流れは、やはり緩和のブームに乗りつつあるということです。そして、このゲームにおける最大の勝者が北朝鮮であるのは間違いありません。これは金正日氏が改革・開放へ踏み切ることのできる外交的条件であると思います。
 「現在の北朝鮮の対内・対外政策は本当に変わっていくのか」。これは皆さんが注目される一番重要なポイントだと思われます。しかし北朝鮮の変化を見る視点は国によって、また人によって相当の開きがあります。極端に整理しますと、日本とアメリカはほとんど否定的で、韓国と中国は肯定的な声がより大きいと言えます。私個人としては、現在の北朝鮮は確実に変わりつつあると見ています。
 ではまず対外政策を見てみましょう。北の変化は戦略的であるか、あるいは戦術的であるか。この問題は中国においても常に議論されたものです。まず「戦術的である」と見ている側の根拠を挙げますと、第1に92年以来、北はずっとアメリカとの関係改善を優先的に取り上げてきました。つまり、対米関係の改善を通じて内外の困難から脱皮を図ろうとしたのですが、現実的になかなかうまくいかなかったため、まず南北関係を改善することによって対米関係を改善しようとしている、これが戦術的だというのです。第2に、南北関係の改善の目的は経済的困難を克服するため、第3に南北関係の改善はアメリカの制裁を免れるためであると。もしこのような戦術的な変化が成功した場合には、戦略的な変化に移るかもしれませんが、もし失敗すれば逆転の可能性も大きいということです。
 次に「戦略的変化」だと見る側の根拠は、北朝鮮は昔の孤立政策から全方位政策へ転じているということです。韓国との関係を見ても昔は戦いも和解もしなかったのが、今は関係改善へと変わりました。現在いろいろな不安定要素を抱えているものの、両方から見て逆転する可能性は低い。中国の表現を借りれば「この村を発ったらもう店はない」からです。私も北朝鮮の変化は戦略的であると見ていますが、その一番重要な根拠は、北朝鮮の経済は自力で回復する見込みが全くないため、対外政策を変えて外国の資本と技術に頼るしかないからです。そしてそれを可能にする前提はやはり南北関係の改善です。もし南北関係の改善がなければ、外国からの投資など全く考えられません。つまり一時的な政策の変化で経済の回復を実現するのは不可能なので、戦略的変化を図るしかないのです。
 それでは北朝鮮は、なぜ現在南北会談を一方的に延期するなどして南の要求に応じないのか。現在南北対話が進展しない理由は何でしょうか。これについて私は次のように考えています。まず、ブッシュ政権が発足してからアメリカの対北朝鮮政策は大きく変わり、現在米朝関係は膠着状態に陥っています。北朝鮮の対米関係が進まない限り、南北関係だけが一方的に進展するとは思われません。おそらく韓国を攻めてアメリカを誘導しようというのが狙いだと思います。それにまだアメリカの対北朝鮮政策が決まっていないため、それを見つめながら対応すると同時に、現在の韓国景気の低迷から、南北の間だけで話し合っても大きな支援はあり得ないという考えなのでしょう。しかしこのような状態を続ければ続けるほど、双方にとってマイナス面が多いでしょうから、ぎりぎりのところで交渉は成り立つと思われます。
 次に国内政策の変化を見てみましょう。まず今の北朝鮮は「がけっぷち」に例えることができます。今の変化もやむを得ない選択ではないでしょうか。1962年10月、当時の金日成首席は「北朝鮮国民全体が白い米に肉スープを食べ、シルクの服を着、レンガの家に住むという地上楽園を建設しなければならない」と言いました。しかし、40年近くたった現在、北朝鮮の状況はまさに文字通り「がけっぷち」に立たされた形です。亡命者の黄長?氏によりますと、飢餓で死んだ人は95年で50万人、96年は100万人、97年は200万人に達するということでした。これはもちろん水増しした数字だと思われますが、確かに一番厳しかったここ何年かは、図們江(朝鮮名:豆満江)と鴨緑江を渡って中国へ逃げて来た人が本当に多かったのです。
 私が住んでいる延吉市は中国の吉林省にあるのですが、図們江にとても近く、北朝鮮の子供などが入って来る光景がよく見られます。またお年寄りの方は延辺に親戚が多いですから、親戚の家に何ヵ月、何年間もいるとのことです。若い女性の場合は仕事が見つけやすいので、延辺の食堂やレストラン、カラオケなどで働く人が多いです。特に田舎に行けばお嫁に来ている人がたくさんいます。私の両親が住んでいる田舎だけでも5人は嫁いで来ています。また、延辺自治州が成立したのが9月3日なのですが、地方では毎年その前後に運動会のようなものが開かれます。そのとき北朝鮮からお嫁に来た人たちも参加していました。嫁いできてすでに子供もいるのですが、政府はこれについて明確な政策は出していないようです。警察もそういう人たちが捕まっても、逃げなさいと言ってごまかしてやるというように、人道的な立場から隠すようです。ただそれに伴って女性売買、例えば内地に売るなどという犯罪も多くありました。
 この度平壌に行ってみたところ、食糧問題と電力問題が最も深刻だと思いました。平壌ではほとんどアパートは40階、50階というように高いのですが、そのとき私が乗った車の運転手は40階に住んでいて、電力がなければエレベーターが動きませんから、走って上がるしかありません。また夜に停電しないかと言えば、真っ暗という状態です。電力がないのでスチームもなく、子供などは大変で軍足のようなものを履かせたり、布団をかぶせたりすると言います。
 金日成総合大学にも行ってみましたが、そこは他の所よりはよかったと思います。しかし、社会科学院に行きましたら、12月なのに全然スチームが利いていませんでした。食糧問題も深刻で、99年の前半までは配給がほとんどなかったのです。ですから、多くの人は闇市場で少しずつ買うだけだったという話ですが、今北朝鮮における普通の労働者の給料は大体北朝鮮のお金で120ウォンくらいで、もし北で生産された煙草を買うとすると1つしか買えない金額です。配給制度ですから配給される他の品物を買えばとても安いのですが、お金を貯めて闇市場で買うとなると非常に高い。おそらく普通の人は買えない状態だと思います。
 ですから、北朝鮮の状況は、もうこれ以上先延ばしにすることはできない、変えなければ逆に政権の維持に関わるという状態です。特に黄長樺氏の亡命は、金正日氏にとって大きなショックでした。そのとき彼は「人は信じられないが、武器は信じられる」と言ったといわれています。こうした考えの下で、国際社会の反対にも関わらず、思い切ってミサイルや核の開発に力を入れたのかもしれません。しかし、ミサイル問題は再びアメリカや日本・韓国の注意を呼び起こすことになり、北朝鮮は1994年以来、第2回目の戦争の恐れに直面することとなりました。
 しかし、ユーゴの教訓は北朝鮮にとって非常に大きかったと思われます。北朝鮮はついにテーブルに戻り、1999年9月ベルリンでアメリカと宣言を発表し、ミサイル開発などを凍結することになりました。これをきっかけに米朝関係は緩和し始め、また金大中の太陽政策も北朝鮮にチャンスを与えたと思われます。金正日氏が首脳会談に応じたこと自体、すでに変化を覚悟したものではないでしょうか。もし、これが変化のスタートだとすれば、その後2回にわたって行われた中国の訪問は、金正日氏の変化の決意を一層固めたものと思われます。
 では続いて、金正日氏の中国訪問の意味について見てみましょう。これまでの中国訪問は3回で、第1回目は1983年です。そのときは深、上海、北京を視察しましたが、深を見た際に「中国は全く資本主義だ」と言ったそうです。2回目は2000年5月で、北京を訪問した際「中国の改革・開放政策は偉大な生命力を示している」と表現しました。昔とは少し違う表現です。それから2001年1月の上海訪問ですが、今度の訪問は金正日氏に大きなショックをもたらしたようです。彼は「改革・開放は上海に天地開びゃく以来の大きな変化をもたらしました。これは中国共産党の改革・開放政策が正確であることを示しております」と語りましたが、これは初の公式的な表明でしょう。また彼は「18年ぶりに上海を訪れましたが、記憶に残っているのは黄埔江だけです」と語ったほか、また随行員に向かって「お前たちは今まで何をやっていたのか。われわれも上海のような都市を1つつくれないものか」と言ったということです。
 結論として、金正日氏の中国訪問には以下の3つの意味があると思われます。まず政治的な意味からすれば、中国との密接な関係を一層強化して、安全面での保障を得ること。もう1つはアメリカの新政権に対する中・朝両国の政策調整ではないでしょうか。もし可能ならばですが、10月に上海におけるAPEC会議への参加、およびブッシュとの会談が予想されています。その可能性については、中国外務省のスポークスマンもすでに外国記者に「ある」と語っているそうです。3つ目は改革・開放の意味をもつということです。上海はこの10年、中国の改革・開放の一番重要な窓口として、中国でも浦東モデルと呼ばれています。そのため今度上海を重点的に視察した理由は、改革を示唆するものと考えられます。さらには上海訪問中、金正日氏はアメリカのGMや日本のNECといったハイテクエ場、および証券取引所などを見学しました。これは北朝鮮が経済の近代化の方法を探るとともに、開放意識を示唆したものと言えるでしょう。
 結論として、この度金正日氏が上海を訪問したのは、例えて言えば?小平氏が日本とアメリカを訪問したことに値する出来事だと思います。1978年?小平氏が日本を訪問したとき、当時の日本のハイテクエ場を見学し、新幹線にも乗りました。この前も中国のテレビで見たのですが、そのとき一緒に大阪まで行ったジャーナリストが彼に「どんな気持ちですか」と尋ねたところ、彼は「とても速いです」と答えたのです。帰国した後彼は改革・開放政策を打ち出すようになったのですが、そのときに彼が残した名句があります。 「社会主義と貧困はイコールではない。黒い猫だろうと白い猫だろうと、ネズミを捕る猫がよい」。中国の本格的な改革・開放政策はそのときから始まりました。従って金正日氏の中国訪問も、同じく改革・開放の信号であると見るべきです。
 さらに改革・開放のモデルなのですが、現在北朝鮮が選択し得るモデルは中国しかないだろうと思います。中国で何か新しい政策が出ると、次の日にはベトナムでも出るという話があります。モデルとしてはべトナムよりは中国のほうがいいでしょう。もちろん、中国の改革・開放のときと、現在の北朝鮮の国内的な状況はやや違います。そのとき中国はすでにアメリカと日本との国交樹立、あるいは正常化に近い状態でしたが、今の北朝鮮にはまだこうした条件はありません。政治的に見ても同じく社会主義体制ですから、改革の前提条件はやはり社会主義体制を守ることです。すなわち体制を守りながら発展を求めるということですが、中国の成功の経験が北のモデルになるのは当たり前でしょう。また経済的に見れば、当時の中国は文化大革命のために経済がほとんど破壊されていました。今の北朝鮮も同じ状態に置かれています。
 3番目に、国内条件を見てもよく似ています。むしろ国内条件からすれば北のほうがよいのではないでしょうか。例えば当時の中国は毛沢東が亡くなった後、?小平氏が改革を推し進めましたが、初めは国民からの反対の声も多かったのです。なぜかと言えば、改革しようとすれば、昔の社会主義体制のときにはなかったいろいろな税金がかかるからです。それで多くの人は「?小平のバンザイ」と呼びました。バンザイというときの「ザイ」と「税」は中国では同じ発音なのですよ。人々は昔の毛沢東時代がなつかしいと言って、タクシーの中に毛沢東のマークを貼ったり、あるいはお尻に小瓶を吊るしたりしました。なぜ小さな瓶かというと、?小平氏の名前の「平」と「瓶」が同じ発音だからというわけですね。このように抵抗も多かったようです。しかし、北朝鮮の場合、いかに改革しようと息子が父親を裏切るとは思えませんので、国民の支持を得やすいと思います。特に今の金正日氏は絶対的な権威をもっておりますから。
 4番目は改革・開放のための人事改編です。昔の北朝鮮における権力構造というのは、元老または元老の二世を中心としたシステムでしたが、最近は変化を見せ始めました。特に経済分野において実務能力を備え、また西側事情に詳しい若手の起用という人事改編が目立ちます。
 例えば、去年10月、財務相が林京淑から文日峰元駐露貿易代表に変わりました。また中央銀行総裁に12年間勤めてきた鄭成澤から金完洙元財務省次官が、そして12月28日に行われた改編においては、貿易相に46歳の李光根元総合施設輸出入会社社長が起用され、66歳の姜正模氏と交代しました。中国大使は70歳を越えた朱昌俊から59才の崔鎮洙氏に交代し、赤十字会代表には、北の代表団の団長として40代の崔承哲氏が起用されました。また2回の中国訪問に金永春など当面の軍の実力者のほか、組織宣伝部長など重要なメンバーを連れて行きましたが、これはやはり改革を進めるべく権力基盤をつくるためではないかと思われます。しかし今月5日行われた最高人民会議では、人事改編がありませんでした。多くの人は延亨黙氏が起用されるのではないかと思っていたのですが、今回は行われなかったのですね。本格的な人事改編はおそらく、今年の後半に予想される第7回労働党大会で行われるのではないかと思います。
 次に思想・世論体系の確立について見てみましょう。初めに思想体系確立のための準備についてですが、去年12月23日、労働新聞は金正日氏が書いた「主体哲学について」という本が出版されたことを伝えました。これは、彼の新しい思想体系を確立するための準備ではないかと思われます。
 また世論体系の確立のほうは非常に目立ちます。まず金正日氏に対する表現が変わりました。労働新聞は「21世紀を金正日の時代である」と名付けるようになりました。従って彼を「変革の巨匠」「創造の英材」「革新の旗手」「創造の有能者」だと呼んでおります。また、新しいスローガンが噴出しております。例えば「新たな時代」「新たな思考方式」「新たな見方」「新たな仕事ぶり」、それから「革新」「変化」「創造」などです。それとともに、「古く遅れた既存観念、思考方式、思想観点はきれいに捨て去るべきだ」と強調しています。それは当時の中国の思想開放と同じではないかと思われます。さて、このような世論とスローガンをまとめるとこういう公式になるのではないでしょうか。「21世紀=金正日時代=新たな思考方式=変革=「強盛大国」」と。
 続いて、国民意識の変化と変わりつつある平壌についても申し上げたいと思います。現在、北朝鮮の国民の開放に対する期待感は大きいです。彼らは開放と生活向上とは直接つながると考えています。とりわけ中国の改革・開放をずっと見ていましたから、「改革すれば生活がよくなる」と信じているのです。特にいつも中国の方に来ている貿易関係の人々の意識は、現在の中国人とあまり変わりありません。また彼らが好きな品物ですが、昔は中国の普通の煙草やケーキなどをあげたら喜んだものですが、今は日本製など外国製でなければあまり喜びません。煙草もセブンスターなどですね。海外企業で仕事をしている人や空港でいつもヨーロッパ諸国などへ出かける人などはそうです。
 ただ、91年に平壌に行ったときと今回とでは、随分違う感じもしました。例えばホテルの従業員も、昔はお土産などをあげてもあまり受け取らなかったのですが、今度は何をあげても全部「ありがとうございます」と言って受け取ってくれました。特に首脳会談が終わった後のことですね。ちなみに、延辺には北朝鮮の会社がいろいろありまして、中でも食堂が多くあります。そこへ韓国人たちと一緒に行くと、彼らと韓国人との間には、中国人に対するときと比べて距離感がありましたね。しかし今は冗談さえよく出るほどです。あるときは北朝鮮の支配人まで「足や手を使ってはいけないが、口で言うだけなら勝手にしなさい」などと言っていました。変わりつつあるのですね。
 それから、最近の平壌における購買力なのですが、外貨で品物を買える外貨商店が平壌のほうに多くあります。それで私たちも入ってみたところ、中国より大体4倍くらい高いのです。あそこで表示されている値段なら中国人民元で買ったらちょうどいいのではないかと思ったら、北朝鮮で使える通貨で買わなければいけないそうです。それがちょうど4倍なのですが、入ってみると結構いろいろな人が買い物をしていました。全体的には困窮していますが、多分長い間に北朝鮮にもこういうお金を少し持っている階層というのか、人々が増えてきたのではないでしょうか。
 また、平壌には飲み屋もいろいろできてきました。入ってみるとチケットがいると言われて、持っていないためそのまま出ました。毎日700人くらいお客さんがあるということですが、おつまみが問題で、今平壌では養鶏場が多いのですが、その鶏の足で作ったものです。それがほとんどこういう飲み屋さんで使われています。それから、平壌を初め地方には闇市場が多く、闇取引が盛んに行われています。そこでは食糧や煙草、お酒などの生活物資が取り引きされています。ちなみに昔は高麗ホテルでもマッサージなど絶対なかったのですが、今回行ってみましたらそれもあって、医科大学を卒業した女性が直接やってくれましたね。
 最後になりましたが、朝鮮半島情勢と中国の外交について述べますと、中国は朝鮮半島の最大の隣国でもあり、停戦協定に署名した主な当事者でもあります。そのためにこの地域において中国が持つ政治的・軍事的な利害関係は大きく、従って半島情勢に強い関心をもっているわけです。
 しかし、朝鮮半島情勢の急激な変化は、中国にとってプラス面だけではなく、挑戦的なものも多かったと思います。まず情勢変化によるプラス面を総括的に見れば、半島情勢の緩和は周辺各国の利益と合います。現在の中国は経済発展が何よりも重要でありますので、安定した周辺安全環境が大変必要なのです。もしNATOによるユーゴ空爆のようなものが起こって北朝鮮が崩壊でもすれば、難民受容はもちろん崩壊によるアメリカ軍事力の拡大につながりますから、これは中国にとって最悪のシナリオとなります。
 また、経済発展の側面から見れば、朝鮮半島情勢の緩和はまず、中国東北地方の開発に有利です。北朝鮮の経済力が発展すれば、北に対する中国の経済援助を減らすことができます。それに今、一部の人によって計画中の北東アジア開発銀行の設立も、可能になるのではないかと思います。ところで、中国の北朝鮮に向けた経済援助なのですが、これは中国の対外援助の3分の1を超えているという話があります。
 以上がプラス面ですが、続いてマイナス面として情勢変化による問題を見てみましょう。最大の挑戦は、アメリカの朝鮮半島への排他的主導権だと思います。アメリカが今まで行ってきたのは単独で半島の平和枠組を立てて、将来自分のペースで統一を実現させようという戦略でした。中国側が一番懸念しているのもやはり、アメリカの主導の下で在韓米軍が撤去しないまま、南北が統一される状態です。北朝鮮は平和枠組の構築を主にアメリカ側に求めるほか、「将来統一した後、在韓米軍は依然として駐在してもかまわない」と言ったそうです。この話が正確かどうかは確認されていないのですが、一応金大中氏の話と伝えられていますから、正しいとします。去年8月、米韓の間で行われた在韓米軍の地位に関する会談の中でも、韓国の主流派は在韓米軍の駐留を支持するという立場でした。もしこれが確かであれば、中国の懸念は確実となっています。
 2番目に、もし、半島情勢の緩和によって北朝鮮の脅威がなくなった場合、アメリカと日本、アメリカと韓国の軍事同盟およびTMD戦略は、存在の意味を失うことになります。そうなるとアメリカと日本は必ず新しい目標と口実を探すわけですが、そのとき中国がその目標にされるのではないかという見方があります。この度日本に来て論文を読んで見ましたが、TMDを対中国のカードにしようというものも出ていますね。従って、台湾問題はアメリカが全力を傾注して注目する焦点になると中国は考えています。また、昨年8月、アメリカ国防総省は“JointVision2020”という軍事戦略報告を発表しましたが、すでに軍事力の配備をヨーロッパからアジアヘ移すことに決めました。また、去年7月6日出版された2000年度の日本の防衛白書には初めて「日本は中国のミサイル射程に収められている」と書かれております。
 第3は、半島における中国の伝統地位と役割が低下することになります。まず中国と朝鮮との間の伝統的友好関係が、新しい試練に直面しています。北朝鮮が全般的開放政策をとるにつれて、中朝関係に微妙な変化があらわれました。そのため中国国内の一部の学者は、南北に対して必ず等距離、バランスをとった外交政策をとるべきだと主張しております。また、米朝関係の急激な進展と金正日氏の在韓米軍についての発言、および米朝関係の改善に伴う日朝関係・南北関係の正常化、あるいはさらなる緊密化は、中朝関係に与える影響が大きいだろうと思います。
 また中朝関係は今、ロシアからの挑戦も受けているという指摘もあります。もしプーチン大統領が提唱している4プラス2の枠をもって、現在の四者会談の枠を代替するとすれば、中国の役割の低下は言うまでもありません。そして今検討中の、北朝鮮がミサイル発射を中止する代わりに第三国が北朝鮮の衛星を発射してやるという案ですが、この第三国も「中国ではなくロシアである」とアメリカはすでに確信しております。
 それでは、中国がとるべき政策対応とは何でしょうか。これは多分中国の外交が直面してきた大きな課題だと思います。これについて中国の学者の間ではいろいろ議論されておりますが、それをまとめますと次のようになります。まず1つは、「中国は朝鮮半島の平和枠組の構築に積極的に介入しなければならない」。朝鮮半島問題は中国の東部地方における4つの大きな問題の1つです。4つの大きな問題というのは朝鮮半島問題、台湾問題、日米軍事同盟およびTMD問題、南シナ海問題ですが、この朝鮮半島問題の有利な解決は、必ず他の問題の解決につながるだろうということです。
 2つ目は、たとえ中朝関係が試練を受けているとはいえ、両国の伝統的な友好関係はまだ崩れておりません。金正日氏の2度にわたる中国訪問がこれをよく表しています。特に今後周辺各国が北に影響力を及ぼそうとするとき、こうした関係は必ず密接にしなければなりません。また「中朝関係を対アメリカ・日本の外交カードにせよ。そのために中国は北朝鮮に対する政治・経済面での援助を強化しなければならない」という意見もありますが、私はそのようには思いません。中朝関係は決して金日成時代に戻ってはいけないのです。これは朝鮮と韓国の間の対立を生むばかりでなく、中国と他国との間の対立をも起こしかねません。中国は必ず朝鮮と韓国の間でバランスをとらなければなりません。そうすれば、後の四者会談においても自分の影響力を拡大することが可能です。
 3つ目は、北東アジアにおける中国の協調関係を広げるべきであるという意見がありますが、現在中国が一番脅威だと思う国はもちろんアメリカです。それで中国はまず積極的に韓国との関係を発展させること、次に日朝関係の正常化を積極的に支持するほか、中日関係も強化する必要があるでしょう。特に、金大中氏が提案した中日韓三国首脳会談の定期的な開催を積極的に支持するべきだということです。また、半島問題においてロシアの介入は時間の問題ですが、ロシアと中国の立場はほぼ同じですから、両国と北朝鮮との協調を強めるべきです。
 最後に、中国の朝鮮半島問題における原則なのですが、1)南北の自主平和統一、2)在韓米軍の撤退、3)非核化、4)統一前に北東アジア国際安全保障枠組を構築すること。以上が中国の目標なのです。結論的に言いますと、中国は自国の東北辺境に中国に友好ではなく、かつ核を持っている国の存在は望ましくないでしょう。
 以上で終わります。 (拍手)








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