大型高速船の構造設計においても、基本は規則によるものであり、特に、DNV規則では、大型の双胴船も対象とした構造寸法の算式が定められているのに比べて、我が国では、実績が無いために、長さ50m以下の単胴船用の規則しかなく、大型高速船に対しては、規則による基本検討は困難である。然るに、前項において述べたように、同じ条件で設計したはずの軽荷重量において、豪・欧と我が国の差はあまりに大きく、軽荷重量の中で最も比率が大きい構造重量の差即ち構造設計の差があると考えざるを得ない。従って、例えば、就航海域は規則上外洋であっても、実際の海象が穏やかであれば、外洋の構造算式を機械的に適用するのではなく、実情に合わせて斟酌すること等により、軽量化が行われている可能性があると想定し、海象・海域による差異を把握するため、最も軽くなる平水域航行船として検討を行ってみた。
単胴船に比べ、双胴船の方が、軽荷重量の差が大きいことから、双胴船における検討例について、図3.3.1-1に平水航行区域即ちDNV R5規則に基づいて構造検討、作成した中央横断面図を示す。また、表3.3.1に、算定した構造重量を通常の波浪中航行区域即ちDNV R1規則に基づいて算定した重量と比較して示す。構造重量差は、100tを越えており、相当に差がある。勿論、豪州製INCAT96m型が、平水区域を航行するものとして構造設計が行われているはずは無いが、斟酌の具合によっては、相当の軽量化の可能性があることを示している。加えて、直接計算によって構造設計が行われている可能性が強く、特に、構造設計において最も影響が大きい縦曲げモーメントの設定値がポイントとなる。特に、我が国においては、実績船が無いため、どうしても安全側の設計になり勝ちであるが、模型実験の手法や数値計算のレベルは、寧ろ豪州等より進んでいることから、今後、これら手法を駆使して構造設計を進めていくことが望まれる。
さて、前後部構造等、規則で決まらない部材寸法の設定については、基本構造に比べて、特に実績に基づいた経験的な影響が大きいと考えられる。因みに、最も代表的なINCATシリーズにおいて、1990年に登場し、大型高速船の先駆けとなった74m型から現在の96m型に至るまでの過程を見てみると、78m、81m、86m、91mという具合に、一足飛びに大型化するのではなく、少しずつ大きくしてきていることが分かる。この手法は、急に大型化した場合の不安代として、構造に余裕を持たせ勝ちであるやり方を完全に排除できていることを物語っていると考えられ、実績が殆どない我が国との大きな差が横たわっている。しかしながら、我が国においても、上記縦曲げモーメント設定の場合と同じように、実験と数値シミューレーションのやり方を工夫し、恰も実船を造ってその実績をフィードバックするかのような手法により詳細設計部の軽量化を図って行く手法の可能性があるのではないかと考えられる。
項 目 |
重 量 (t) |
波浪中(R1) |
平水中(R5) |
主 船 体 |
465.5 |
366.7 |
居 住 区 |
48.2 |
48.2 |
器 機 台 及 び 梯 子 |
40.9 |
40.9 |
板 厚 公 差 及 び 溶 接 |
16.6 |
13.7 |
合 計 |
571.2 |
469.5 |
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図 3.3.1-1 双胴船INCAT96m型中央断面図(DNV R5)
(2) 高速船の艤装
材質の変更による軽量化は、防火・救命等の安全性の面から高速フェリーに使用が認められている認定品であることを要求されるため、高価な割には重量低減の効果は薄い。軽量化において、最も効果的なのは、船体部では床面積、壁面積、管長さ等を減じることであり、機関部においても、出来るだけ狭い範囲に各機器を配置することにより、管類や点検用フラットを少なくすること、また、電気部においても電線長さが少なくなる機器配置とすること等である。
乗船調査した豪・欧製の高速フェリーにおいても、これらのことを実現するため、例えば、客室の間仕切りはできるだけ廃止し、オープンスペースとして、電線長、照明器具、空調設備等を減少する効果をもたらしており、軽量化に寄与していると考えられる。また、室内の照明についても、室内装飾との調和を図ることにより、照度が低くても洒落た雰囲気を醸し出し、照明関連重量を低減している。
図3.3.1-2に、豪州製INCAT型双胴船の操縦室内写真を示すが、操船コンソールは、CRT表示を多用することにより、コンパクトにまとめてあり、結果として軽量化に寄与していると考えられる。
図3.3.1-2 豪州製INCAT型双胴船の操縦室内
図3.3.1-3 豪州製INCAT型双胴船におけるブリッジウイングの無い操舵室
また、図3.3.1-3に示すように、GPSやテレビカメラによる離着桟時の監視装置を装備することにより、幅広の双胴船にも拘らず、ブリッジウイングが無く、その分軽量化した豪州製高速フェリーも就航している。
即ち、軽量化を実現するには、船体構造のところで述べたような規則の緩和、軽量機材の採用、装備のコンパクト化、新システムの開発による不要な機器・場所の廃止等に加え、上記のブリッジウイングの廃止など、感覚や慣習の変革が重要であると考えられる。
3.3.2 推進性能の向上
(1) 高効率推進装置
大型高速船においては、配置やキャビテーション特性により通常のプロペラ推進は困難であるため、例外なくウォータージェット推進器が装備されている。しかしながら、ウォータージェット推進方式の場合、本体重量に加えてダクト内の海水重量のために、船体重量が増加しており、一層の高速化を実現しようとする場合、それがハンディとなる他、建造費や整備費も一般のプロペラ推進に比べて高いという欠点がある。
従って、平水域を航行する小型艇においては、隻数は少ないものの、キャビテーションフリーであり、重量を含めた全効率においてもウォータージェットより優れているサーフェスプロペラが採用されるケースが見られる。これに対し、従来の常識では、水面を貫通することにより過大な振動発生の恐れがあること、プロペラレーシングを生じやすいこと、また、試運転結果により軸傾斜の調整が必要な場合があること等により、外洋航行の大型高速船には採用できないと考えられてきた。
然るに、高速フェリーのような大型高速船は、波浪中船体運動も相対的に小さくなっており、また、船体運動制御装置を装備している場合が多いことから、プロペラレーシングの問題は、それほど大きくなく、また、プロペラ起振力についても、上部に船体構造が無いため、起振力が直接船体に伝わるのではなく、軸を介して伝わることから、最近大幅に軽量化されているフレキシブル継手を適切に組み合わせることにより回避できる可能性があると考えられる。
これらの観点より、将来における詳細な検討と対策が前提ではあるが、一層の高速化が可能な推進装置として、大型サーフェスプロペラについての概略検討を行う。
(2) 大型サーフェスプロペラの試設計と評価
サーフェスプロペラにおいても、直径大、低回転程効率は高い。然しながら、小型高速艇における実際の装備例では、舵装備のため、プロペラ上に船尾甲板を延長する必要があり、自ら直径が制限されるが、特に、高速フェリーの場合、船尾からの車両乗り込みを考慮すると、甲板高さを船尾端部だけ上げることは不都合であり、この点から直径が決まってくる。
即ち、配置面より、TMV114型単胴船では、直径3.2m、INCAT96m型双胴船では、直径3.8mとしてプロペラ設計を行った。表3.3.2に両船型のプロペラ要目を並べて示す。
表3.3.2 大型サーフェスプロペラの要目
項目 |
TMV114型単胴船 |
INCAT96m型双胴船 |
主機関及び軸数 |
6機3軸
12,000KW/軸(2機) |
4機2軸
14,160KW/軸(2機) |
直径(mm) |
3,200 |
3,800 |
ピッチ(mm) |
3,680 |
4,020 |
ピッチ比 |
1.150 |
1.0579 |
展開面積比 |
0.850 |
0.900 |
回転方向 |
外回り |
外回り |
翼数 |
5 |
5 |
プロペラ効率は、両船型共、0.64〜0.65程度であり、ウォータージェット推進装置と大きな違いは無いが、サーフェスプロペラ装備の場合が、船体重量が減少するため、総合推進効率としては、サーフェスプロペラの方が優位であると言える。
3.4 気象・海象条件の調査
3.4.1 波浪推算データベース
高速船が波浪中を高速航行する場合、大きな波浪荷重が掛かるため、これに耐える合理的な構造設計を行うためには、就航海域の気象・海象データが非常に重要である。然しながら、陸上のような豊富な観測データを収集することは困難であるため、従来、船舶通報による風・波の情報に頼らざるを得なかったが、船舶は、荒天を避けて航行するため、必然的に荒天データの比率が少ない等の欠点を有している。ところが、近年の数値シミュレーション技術の進歩により、風や波浪の数値モデルの精度が飛躍的に向上し、観測値に準じた気象・海象データとして利用することが可能となってきている。即ち、数値モデルを用いることによって、長期間に亘る海上風と波浪の推算データベースが構築されており、任意の海域、日時のデータを手軽に抽出できる環境が整ってきている。そこで、全球波浪推算データベースに基づいて、乗船調査を行った欧州フェリー航路及び日本沿岸を含む海域の気象・海象条件を調査、比較した。
また、日本沿岸については、日本沿岸波浪推算データベースによる推算も行い、両者の比較も行った。全球波浪推算データベースは2.5度×2.5度格子(約250km)、推算時間間隔は6時間毎であり、日本沿岸波浪推算データベースは2分格子(約3.7km)、推算時間間隔は6時間毎である。
3.4.2 我が国周辺の気象・海象
図3.4.2に、全球波浪推算データベース及び日本沿岸波浪推算データベースによる波高の累積出現頻度(冬季)を並べて示す。
対象海域:日本太平洋沿岸(小笠原航路、30.0N、140.0E)
金華山沖(38°12′ N、141°42′E)
輪島沖 (37°42′ N、136°34′E)
図3.4.2波高の累積出現頻度(日本沿岸データべース:冬季)
金華山沖は、太平洋側の沿岸であり、冬季においても、波高は小さい。一方、輪島沖は、沿岸であるが、日本海側であるため海象は比較的厳しく、太平洋側ではあるが、完全な外洋である小笠原航路とほぼ同じ海象となっている。なお、小笠原航路を見れば、全球波浪推算データベースと日本海沿岸波浪推算データベースとの差は僅かであり、全球波浪推算べースでも、十分な推定精度を有していると言える。
3.5 高速船の船体運動制御装置
3.5.1 高速船の船型と耐航性能
高速船においては、燃料消費と直結する推進性能と並んで耐航性能即ち旅客にとっての乗り心地の向上が要求される。高速化するに従い、特に向波中では出会い周期が短くなり、その2乗で上下加速度が増加するためである。乗り心地にっいては、旅客の嘔吐率を指標とする場合が多いが、上下加速度が0.2gを越えると急激に増加することが知られており、例えば、50ノット航走の場合、波高0.4mの向波で上下加速度は0.3gを越える。特に、船のサイズが小さくなるほど乗り心地は厳しくなる。
因みに、高速フェリーの先達として1990年に英仏海峡に就航したINCAT74m型は、耐航性能向上を狙ったウェーブピアサー型(波浪貫通型)第1船であったにも拘らず、船体構造の問題だけでなく、乗り心地の面においても船酔者が続出し、急遽ライドコントロールシステムを搭載している。海外・国内共に、旅客の船酔が多いために運行停止に至った例も稀ではない。従って、高速フェリーにおいては、一層の耐航性能を考慮した船型改善を行うと共に何らかの船体運動制御装置(ライドコントロールシステム:RCS)を装備することが、半ば一般的になりつつある。
さて、ウェーブピアサー型双胴船は、74mの第1世代に続き、81mの第2世代を経て現在96m型まで大型化されているが、それに伴い、船型事態の耐航性能も向上していると考えられる。
また、推進性能と耐航性能のバランスを考え、半没水型船のコンセプトを高速フェリーに導入したものが、セミSWATH船型である。球状船首を有して、船首の水線面を非常に薄く鋭い形状とし、船首に作用する縦揺れ強制力を小さくしている。航行速度域は、半滑走域であるにも拘らず、浸水面積が角型船型より却って減少することによって船体抵抗が低減、通常の高速船船型と同等の推進性能を有していることは、先に述べたとおりである。この船型の基本コンセプトは、ステナラインのHSS1500で開発され、また、豪州Austal Ship社の高速フェリーAuto Expressシリーズも、HSS型程SWATH型ではないが、ほぼ同様のコンセプトに基づく船型となっている。セミSWATH型の運動の特徴は、向波中において、船首での上下加速度が減少し、船長方向の加速度分布が平坦となる傾向があり、船首まで旅客スペース配置が可能となり、配置の自由度が増すという利点がある。但し、船尾の加速度は若干増加する。
単胴船型は、従来から採用されているハードチャイン・ディープV船型であり、双胴船型のようなバラエティは無い。但し、出来るだけ、船首部の排水量を減らして、縦揺れを減少するため、鋭く尖った船首を有している場合が多い。
3.5.2 ライドコントロールシステム
一般にライドコントロールシステム(RCS)と呼ばれる船体運動制御装置は、主に水中に設置した揚力面に働く流体力を利用しているが、この揚力は、速度の2乗に比例することから、高速航行時には非常に大きなものとなり、船体運動を制御することが可能となる。
最近の高速カーフェリーに装備されるものとしては、船尾トランサム下の船底に設けられるトリムタブ、船首船底のTフォイルまたはIIフォイル、ビルジ(チャイン)部に取り付けられるフィンスタビライザー等があるが、最近では、船尾トランサムから垂直に突き出すタイプのインターセプターも開発されている。実際には、一層の乗り心地向上を図るため、これらを組み合わせて装備するのが一般的である。
4. 得られた成果と今後の課題
欧州を中心に急速に増加している高速フェリーに代表される大型高速船の性能は、我が国における中小型高速艇実績から類推した性能や、僅か2〜3隻の実績しかないが、既建造高速フェリーに比べ、格段に優れているように思われる。従って、このままでは、将来、我が国においても、大型高速船の需要が生じた場合、外国製の高速船が我が国周辺を走り回ることになり兼ねない。また、高速船技術は、長年に亘って発展してきた高度な造船技術の重要な一角を成すものでもあり、豪・欧に追いつき追い越し、一般船舶におけるような国際競争力を保持するように発展することが望ましい。このため、まず、先進レベルとの技術差を認識、評価し、その上に、高速船のブレークスルー技術の検討を行った。
得られた成果と今後の課題を以下に示す。
(1)文献調査に加え、海外乗船調査も行って、高速船に関する広範囲なデータを収集し、その評価を行うと共に、検討すべき方向と手法を組み立てるべースとした。
(2)豪・欧建造高速フェリーの速力性能の優位性は、豪州双胴船において特に大きいことから、その差がウェーブピアサーのような船型のユニークさにあるのか、それとも、船体重量の影響が大きいのかを調査するため、半滑走船に対する推進性能推定法により、船体重量や速力の定義等が明確な全船について、主機関出力と速力の関係を評価した。その結果、推進性能には、船型の影響が殆ど無く、船体重量と船の長さによって決定されることが明らかになった。
(3)豪・欧の高速船技術レベルに追いつくには、軽量化が必須条件であり、技術の検討には、まず、重量差を数値的に認識し、その上で、所要の手法を検討する、即ち、乗船調査等によりデータを入手した単胴船TMV114型及び双胴船INCAT96m型について、主要目や船級等を同一条件として試設計を行い、推定した船体重量を公表値と比較した。その結果、両船型共、推定値は公表値より相当重たい結果となり、性能差は、やはり船体重量差に起因していることが示された。
(4)軽量化技術において、豪・欧に追いつくべく、海象条件と規則、構造重量の関係、船体・機関・電気艤装における軽量化手法について検討した。
(5)海象条件と船体構造の関係に供すべく、最新の数値シミュレーションによる波浪推算データベースに基づく海象の調査法にっいて検討し、設計条件として用いる海象条件として実用に供し得る可能性を検証した。
(6)大型高速船の推進性能を向上する手法として、全く実用例が無い大型サーフェスプロペラについて概略検討を行った。全推進効率では、ウォータージェットを凌駕しており、将来における強度・振動等の所要の対策が前提ではあるが、一層の高速化を実現する高効率推進装置として実用化される可能性があることを示した。
(7)大型高速船の乗り心地と船型及び船体運動制御装置に関して調査・評価した。伝統的なフィンスタビライザー、トリムタブ、TまたはΠフォイルに加え、新タイプのインターセプター型も開発されており、今後も改良が続くものと考えられる。
(8)豪・欧製大型高速船の軽量化は、多数の建造実績による高い習熟度によって実現していると考えられ、当面、多数の実船建造が期待できない我が国においては、対象船を設定した具体的構造様式の検討、救命・防火用軽量材料の実験研究、軽量係船装置の開発等、各構成要素についての軽量化の推進が今後の課題である。