1. 研究の目的
船舶の高速化を実現するため、世界中において、高度な造船技術を結集することにより様々な研究開発が行われてきた。我が国においても、TSLを始めとして、各種の高速船開発が行われてきている。しかしながら、実用化されているものは、殆どが、外国のライセンスによるものであり、独自に開発されたものは、水中翼双胴船や半没水型双胴船等、いずれも小型で特殊な高速船であり、数隻に留まっている。一方、欧州や豪州においては、最近になって、豪製ウェーブピアサーに代表されるように、従来存在しなかった通常型大型高速船が、多数建造されるようになってきており、我が国においても、豪州デザイン会社のライセンス建造例、更には、船自体の輸入が行われるケースも出てきている。その結果、大型高速船の建造例が皆無に等しい我が国との間には、高速船技術において大きな差が生じていると考えられ、将来、我が国においても大型高速船の需要が生じた場合、多くが外国技術で賄われることになり、高度な造船技術と言える高速船分野における我が国の開発・設計・建造技術力の空洞化を招く恐れも考えられる。従って、高速船技術を支える人的資源等を維持し、その展開を図るには、豪・欧等のレベルに追いつき、更には追い越して、一般船における国際的競争が可能な領域に達することが望まれ、このために必要なブレークスルー技術の検討を行うことを、本研究の目的とする。
2. 研究の目標
豪・欧において開発建造されている大型高速船においては、その公表された船体重量及び推進性能は、我が国における通常型の小型高速艇をべースとして想定した重量・性能とは相当の開きがあるように考えられる。従って、高速船技術の向上のためには、その技術力の差異を明らかにし、その上にブレークスルー技術を構築していくことが必要となる。そのためには、既就航大型高速船の文献調査に加えて、代表的な船について実船調査を行うことによって、高速船データを収集し、詳細調査を行った船を対象に試設計を行い比較することによって、軽量化技術・船型技術等、基本的な現状技術レベルを分析・評価する。具体的手法としては、詳細データを入手できた代表的な単胴型高速船及び双胴船各1隻を対象に、同じ設計要求、即ち、主要目ないしは寸法制限、船級、載貨要件、主機関出力等を同じとして、一般配置図、中央断面図等の基本図を作成し、データが入手できない詳細な艤装品等を想定することにより、我が国の現状高速船技術レベルによる試設計を行う。これらの調査・分析結果及び試設計結果を基に、先進レベルとの差について、規則、設計対象海域を含めた総合的な解析・評価を行い、更に、大型サーフェスプロペラ等の高効率推進装置の評価と試設計及び乗り心地を含めた船体運動制御装置に関する資料収集と評価等を加えた総合的な高速船技術に関して検討する。
3. 研究の内容
3.1 高速船技術資料の収集と分析・評価
3.1.1 高速船関係データ集
高速船技術の検討を行うには、出来るだけ広範囲に亘る詳細なデータベースを作成することが基本であり、FAST FERRY INTERNATIONALに代表される専門誌、インターネットによる文献収集に加え、豪州製、欧州製の区別無く殆どの大型高速船について、高速フェリーが就航している欧州に出向き、2回に亘り、乗船実地調査と船主・乗員への聞き取り調査を行った。また、将来における高速フェリーの大きさや速力等、高速船技術の発展動向を見極めるため、高速フェリーだけでなく在来型の中・低速フェリーについても要目を収集した。その他、高速船に関連した船級規則等の比較・評価、ウォータージェット推進器についてもデータ収集を行った。
(1) 高速フェリーと在来型フェリー要目との比較評価
欧州を中心に就航中の高速フェリーの速力域は、全て半滑走領域であり、その船体抵抗は、フルード数と長さ排水量比(L/▽1/3、L:船長、▽:排水容積)によって決定されると考えられ、当然のことながら、その値は、在来型中低速フェリーに比べてはるかに大きい。高速フェリーと在来型フェリーとの船型特徴を最もよく表す例として、船長と長さ排水量比の関係を図3.1.1に示す。
両船種共、長さ排水量比は、船長の増大に伴って増加するが、高速フェリーは、7〜9、中低速フェリーは、5〜7に分布しており、船型要素の特徴が鮮明である。
図3.1.1 船長と長さ排水量比との関係
(2) 高速船関連船級規則等の比較・評価
在来の排水量型船については、LLC、SOLAS等の国際条約ならびに船級協会の定める規則に従って設計・建造されるので、船級協会間で構造寸法等に大きな差が出ることはないが、高速船については、形式が多様なこと、また、その用途、使用海域が限られ、比較的最近まで国際航海に投入されることが無かったため、船級規則は協会毎の独自の開発・発展を反映しており、かなり複雑な構成となっている。従って、国際的に合意された技術基準は、1977年にIMOで制定されたDSCコードが始まりであり、これを基礎としたDNVやLRの高速船ルールを経て、1994年IMOにおいてHSCコードが制定され、1996年に発効した。
HSCコードは、更に全面改定され、2002年7月1日にはHSCコード2000年版が発効する。本研究では、豪・欧製大型高速船の船級の中で最も多いDNV高速船規則、NK及びHSCコードを比較評価した。
特に船体重量に最も影響が大きい船殼構造については、HSCコードには具体的な規定は無く、「Design by Analysis」であり、DNVも同様に設計者に広範囲な裁量を与えている。これに対し、NK高速船構造基準では、設計荷重及び船体構造について、具体的な算式を与えているが、大型高速船の実績が皆無であることもあって、対象は、長さ50m以下の単胴型高速船であり、欧州にて就航中の大型高速船のサイズに対しては、そのまま適合するのではなく、やはり「Design by Analysis」方式となると考えられる。
(3) ウォータージェット推進器要目表
大型高速船に装備される高入力のウォータージェット推進器のメーカーとしては、世界的メーカーであるKaMeWa社、Lips社の他に、我が国では、三菱重工業、川崎重工業、新潟鉄工、ナカシマ荏原、イシガキ社等がある。しかしながら、実績の点では、三菱重工業製の試作品がTSL実海域模型船「飛翔」(現「希望」)に、また、川崎重工業の初号機が100型双胴高速フェリー「はやぶさ」に搭載されているのみであり、世界規模で見れば、実績は殆ど無いに等しい。全ての豪・欧製大型高速船は、KaMeWa社またはLips社製である。なお、KaMeWa社は、入カ50MWの機種を開発中と伝えられており、一層高速・大型化する豪・欧製高速フェリーへの対応を考えていると想定される。
3.1.2 船型と推進性能の分析・評価
(1) 高速船の推進性能推定法
大型高速船は、速力の絶対値は高いが、船長が長いため、単胴・双胴を問わず、全て半滑走型であり、船体抵抗に及ぼす滑走揚力の比率が低い。従って、船体抵抗は、排水量型船と同じく剰余抵抗係数と摩擦抵抗係数との組み合わせで推定することが出来る。この場合、剰余抵抗係数については、フルード数がラストハンプを超えているため、剰余抵抗係数、フルード数、長さ排水量比の関係をプロットした適当な図表によって求めることが出来る。また、摩擦抵抗については、シェーンヘルの推定式等に、模型実験や実績をべースに適当な修正を行って求めることができる。なお、船体抵抗推定には、浸水面積が大きな影響を及ぼすことになるので、概略推定には、フルードやオルセンの式に、適当な修正係数を乗じて求めても良いが、船型の自由度が大きい双胴船については、出来るだけ、概略線図を作成して求める方が望ましい。
次に、推進効率については、就航中の大型高速船は、キャビテーション性能及び配置の面より、全てがウォータージェット推進であり、プロペラのように設計の自由度が無いため、吸水口の形状が、一般的なフラッシュ形である限りは、推進器の効率は、概ね速力にリンクしていることから、様々な実績推進器効率を速力べースにプロットした図より求め、機械効率を考慮して推定することができる。
(2) 既就航船における公表値と推定値の比較・評価
上記の考え方による推進性能の推定精度及び船型による船体抵抗の差異について考察するため、収集した高速船データの中で、要目、排水量、主機関出力、速力及びその定義が公表されているものについて、所要出力を推定した。単胴・双胴の別無く、公表値と推定値との関係は、概ね1:1であり、半滑走型速力域にある高速船は、船型に関係なく、フルード数、長さ排水量比によって船体抵抗が一義的に求められることが検証されたことになる。
図3.1.2-1 単胴船型出カの公表値と推定値の比較
図3.1.2-2 双胴船型出力の公表値と推定値の比較
因みに、船型が異なっている双胴船の例として、要目、載貨重量、車両搭載数が殆ど同じである角型船型INCAT86と球状船首付きセミSWATH船型、Auto Express86を比較して3.1.2-1に示すが、主機関出力と速力は殆ど同じ値となっており、推進性能が船型に関係ないことを示している。従って、高速船の技術の優劣は、船体重量によることとなり、高速船技術のブレークスルー技術を検討するには、何よりもまして、以下に述べる軽量化技術が第一の課題となる。
表3.1.2 86m型双胴船要目比較表
  |
INCAT86 |
Auto Express 86 |
船 型 |
ウェーブピアシング型
細長角型 |
球状船首付きセミ
SWATH型 |
全 長(m)
水線長(m)
全幅(m)
双胴幅(m)
喫水(m)
フルード数(40ノット) |
86.62
76.41
26.00
4.33
3.50
0.744 |
86.00
74.20
24.99
5.40
3.20
0.763 |
載貨重量(t)
通常航海
最大
排水量(t)
軽荷
通常航海
満載 |
340
345
810
1,150
1,155 |
379
379
978
1,357
1,357 |
旅客数(人)
車両搭載数(台) |
776
200cars
182cars+4coaches |
768
203cars
75cars+10coaches |
主機関(kW) |
Ruston20RK270×4
7,080×4 |
Cat3618×4
7,200×4 |
速力と主機関出力
載貨重量(t)
排水量(t)
定格出力(kW)
速力(ノット)
90%定格出力(kW)
速力(ノット) |
340
1,150
28,280
44
25,488
40 |
379
1,357
28,800
42
25,920
40 |
特記事項 |
角型船型故、浸水面積は、単胴船型用の推定式及び修正係数による値を2倍したもので求められる。 |
丸型船型故、浸水面積が小さく、角型船型より排水量が多い分を相殺していると考えられる。 |