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島国の浜辺にて

 

日本の水域管理についての法制度が大きく見直されています。河川法改正(1997年)、海岸法改正(1999年)、港湾法改正(2000年)、水産基本法の成立と関連法の改正(2001年)と、明治期から戦後に作られた枠組に、環境や市民参加、公益性が付加されました。法改正とは現状に合わせると同時に、理念を謳っており、現実の施策はこれから具体的に展開される激動の時期に入っています。

新海岸法の第一条。「この法律は、津波・高潮・波浪その他海水又は地盤の変動による被害から海岸を防護するとともに、海岸環境の整備と保全及び公衆の海岸の適正な利用を図り、もって国土の保全に資することも目的とする」。そもそも、“国土の保全”とは何でしょうか?海岸侵食の防止を国土保全とした結果、多くの海岸が人工構造物で覆われました。おかげで背後地の安全度が上がりました。自然を制御するために事業を早いペースで行う必要があり、規格化や量産が必要でした。単目的の事業では、それ以外の要素を考慮する余裕はありませんでした。相当部分が失われた今、やっと見直しが始まりました。60kmにおよぶ弧状の砂浜の巡検は、戦後日本の哲学や思考の変遷過程を訪ねる旅でもありました。

今回の冊子では、人間側の価値観の変遷も大きくとりあげました。過酷な砂浜での漁労の光景、これを青木繁の有名な油絵「海の幸」のように、海の豊穣さの象徴とした捉え方もあったでしょう。飯岡海岸では、永年にわたる災害写真や侵食対策の構造物が並ぶ風景もまた、地元の安心の象徴として役場のアルバムに残っていました。

九十九里浜沖では昨年、密航船が発見されました。海岸とは国境でもあることを改めて考えさせられる事件でした。日本は島国ですから食糧自給は深刻な問題です。第二次世界大戦後には「国敗れて山河がまだあり」、各地の海辺には豊穣な漁獲物で飢餓を回避した話が残っています。しかし現在は、生物多様性や個体数の減少という沿岸・海洋生態系の劣化、漁獲量の低下が起きており、日本の周辺海は1億人を擁すること困難と思われます。

今後、「国土の保全」とは、物理空間だけでなく質を見直すことが重要でしょう。今後は、環境保全型漁業や持続的利用といわれる営みが実際に可能なのかを走りながら考える過程に入るのでしょう。

侵食で瞬時に失われた砂浜のほとりに立ち、また、うねる稜線をみせて広がる砂丘を彩るハマヒルガオの花を眺め、渡り鳥のさえずり、外洋に面した海岸特有の潮騒と風の音を聞きながらも、自然と人間との共生とは、人間側の価値観の変動の制御は可能か、その変動を許容した上での環境の管理は、などと思いは尽きません。

巡検に参加し現地で議論に参加された皆様、前冊子のご感想をお寄せいただいた多くの方々、今回の巡検の企画やとりまとめにご尽力された日本財団海洋船舶部の皆様に心より感謝します。

(清野聡子)

 

巡検参加者(敬称略)

石崎憲寛(国土交通省総合政策局環境・海洋課海洋室)/吉田正則、高原裕一(国土交通省河川局海岸室)/人見寿、福濱方哉(国土交通省国土技術政策総合研究所海岸研究室)/来生新(横浜国立大学教授)/渡辺国広(東京大学大学院)/中田達也(慶應義塾大学大学院)/長谷英里子(NHK科学環境番組部)/吉原晋(NHK情報ネットワーク)、池田恵美子(BE-ALL出版)/高橋昭彦(フリーライター)/入道隆行(ワック)/岡本俊一(日本紙運輸倉庫)/三輪竜一(芙蓉海洋開発)/三波俊郎、芹沢真澄、古池鋼、渡辺宗介(海岸研究室)/大貫麻子、菅家英朗(海洋産業研究会)、土橋士郎、人見真一(交通エコロジー・モビリティ財団)/佐藤耕司(東京財団)/菊地武晃(日本海難防止協会)/石田俊英(日本船員福利雇用促進センター)/小堀信幸(日本海事科学振興財団船の科学館)/近江秀直、高橋裕(ブルーシー・アンド・グリーンランド財団)/木村行孝(マリンスポーツ財団)/金子允洋、林敬三/シップ・アンド・オーシャン財団/日本財団

 

 

 

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