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あとがき

 

過去の九十九里浜から将来の九十九里浜へ向けて

 

九十九里浜北部の海岸巡検によってこの地域で起きている様々な事柄が実感として捉えられたと思います。これにより九十九里浜は昔の姿と大きくかけ離れたものとなってきたことは誰もが認めざるを得ないことでしょう。では、このような姿となってしまったことは一体誰の責任なのでしょうか。短絡的には海岸に関係する行政の責任であり、とくに「縦割り行政に問題あり」という指摘はしばしばなされることです。でも短絡的な責任追及をすれば問題が解決するというほど事は単純ではなさそうです。

九十九里浜の長期的な変化に関係する行政機関は様々で、それぞれ法律に基づいて事業が行われてきています。港湾事業、漁港事業、海岸事業、保安林事業、河川事業などです。当然のことながら各管理者の行為は個々の法律に基づいてなされています。これらはそれぞれ異なった管理者によって行われています。また個々の法の目的はそれぞれ定められています。しかし沿岸域全体を総合的に見、長期的な国土のあり方をも包含した上での最適な沿岸域管理を行うという概念は存在していません。個々の管理者は、それぞれの法律のもとでそれなりにきちんと仕事をしてきた結果、現在我々が日々目にする姿になったのです。この意味から21世紀にはもう少し長期的展望に立った沿岸域の管理を行うことが必要と思われます。

各事業の関係者も与えられた制約条件のもとで何とか状況を改善しようと努力もしてきています。例えば、飯岡漁港では航路浚渫土砂を下手側の下永井海岸へ運んで投入し、それが飯岡海岸の海浜復活に役立ちました。また同時にそれが浅海底の漁場の復活にも役だったと言われています。これは千葉県の漁港管理者と海岸管理者が漁船の安全操業をできるようにすると同時に、少しでも海岸をよくするという意味で実質的な協力が行なわれた結果です。世の中にサンドバイパスをしていることを大々的に謳ってはいませんが、なんとか現状を悪化させない手を現行法のもとでも苦心してきたのです。

しかし一方で海岸の管理者は行政の一貫性を主張するあまり、その中身を変えることにたじろぐことも多く、新たに得られた知識や経験があまり取り入れられず、同じような間違いが繰り返された事例も数多くあったと思います。こうした状況を変えるには、多くの人々に行政の中身、問題点を明らかにし、技術が活かされるような仕組みを構築する必要があると思います。

現在、種々の法律が変わって情報公開が進み、住民との対話などに基づく合意形成が尊ばれる時代になりましたが、地域住民の要望は実に様々でして、また意見の全てが科学的合理性に基づくものではないことも確かです。このため行政機関の管理者は日々議論をしつつも、合意形成に長い時間を要するのが実状です。すぐには実現しなくても、広く議論することによって多くの人々の知恵を集めていくことが必要です。その意味でこのような小冊子が海岸についての多くの人々の認識を改める上で多少でも役に立てば幸いです。

(宇多高明)

 

講師略歴

 

宇多高明(国土交通省 国土技術政策総合研究 研究総務官)

東京工業大学修士課程修了。東京工業大学(工学博士)、米国スクリップス海洋研究所在外研究員(昭和55年〜56年)、建設省土木研究所河川部長などを歴任。日本全国及び世界各地の海岸調査を行う。また多くの人々に海岸のわかり易い説明をするのが趣味。著書に「日本の海岸侵食」(山海堂)など。

 

清野聡子(東京大学大学院 総合文化研究科 広域システム科学科 助手)

東京大学農学部水産学科卒。大学院では、東京大学海洋研究所で修士課程、東京大学大学院総合文化研究科広域学科で博士課程を過ごす。専門は、河川・海岸の環境保全学。生物学をベースに、地球科学や社会学的領域の研究を行っている。著書に「イカの春秋」(共著、成山堂書店)。

 

平本紀久雄(千葉の海と漁業を考える会 代表)

北海道大学水産学部卒。長らく千葉県水産試験場に勤務し、特にイワシ資源の調査に従事。平成12年に定年退職し、現在は千葉の海と漁業を考える会の代表として、講演会や執筆活動など、長年の知識と経験を生かした沿岸域の保全活動を行う。著書に「私はイワシの予報官」(草思社)、「イワシの自然誌〜『海の米』の生存戦略」(中公新書)など。

 

 

 

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