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閉会あいさつ

紀伊國献三(財団法人笹川医学医療研究財団専務理事)

 

司会:ここで、本日のセミナーの共催であります、財団法人笹川医学医療研究財団専務理事紀伊國献三より、閉会にあたりご挨拶を申し上げます。

 

紀伊國:みなさん、長い間本当にご苦労様でございました。このmemento moriというのは、3年間やってまいりましたけれども、どちらかというと今までは医療と死という問題を語ってきたわけです。今回はもっと幅の広い理解、多面的理解、いや分裂的無理解といういうべきかもしれませんが、それをやるということで、たいへん意義があったというような気がいたしました。日本人の死生観の変遷、死者儀礼の崩壊、三人称の死ばかりでなくて、二人称あるいは2.5人称の死ということについて、もっともっと我々は考えなくてはならない。それが「『死』を見つめ…」という題ではないだろうかと思うのであります。

本日は言外に語られたわけでありますが、もうひとつの主題は「今を生きる」ということになるわけであります。やはり我々は、今日、たいへんいいお話を聞きました。しかし、本当に我々はどういう行動をしなければならないかということ。みなさん方の封筒の中に、日本財団のお金を受けて私と日野原先生がやっております、「ホスピスナース養成研修のお知らせ」というのがあります。我々はこういうところでも活躍しております。また同時に非常に重要なことは、ホスピスでお働きになるお医者さんの養成を、どのようにしたらいいかということについても、苦慮しております。しかしホスピスというのは、お医者さん、看護婦さんばかりではないわけであります。我々ひとりひとりがどのように行動しなければならないのか。東北の有名な詩人は「東に病気の子供があれば行って看病してやり、西に疲れた母があれば行ってその稲の束を負い、南に死にそうな人があれば行って怖がらなくていいと言い、北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろと言い」。宮沢賢治は「そういう人に、私はなりたい」と言っていますが、そのような気持ちを我々ひとりひとりが持ち、その考え方を広めることが、実はmemento mori2001の、最大の狙いではないだろうかと思うわけです。

朝から講師の先生方、司会の方は「日野原さん」と言われたのですが、私は先生に40年間教えておりますから、つい「日野原先生」と言ってしまいますが、どちらがいいかわかりません。日野原先生、宮家先生、それから太鼓の方々。そして今日のパネルディスカッション・ディスカッションの先生方ひとりひとりに、もう一度感謝を申し上げ、同時に最後までお付合いくださったみなさまがたに感謝の言葉を捧げて、今日の会を終わりたいと思います。

どうもありがとうございました。

 

司会:笹川医学医療財団専務理事紀伊國献三より、ご挨拶申し上げました。

ではここで、パネリスト、コーディネーターのみなさまには、お戻りいただきます。みなさま、もう一度拍手をお願いいたします。どうもありがとうございました。

さて、長時間にわたり行ってまいりました「memento mori 宮城 2001 ―『死』を見つめ、『今』を生きる―」ですが、これにて全てのプログラムを終了いたしました。

最後にご記入いただきましたアンケート用紙は、お帰りの際に回収箱にお入れくださるよう、お願いいたします。どなた様もお忘れ物などなさいませんよう、気をつけてお帰りください。本日はお忙しい中ご来場いただき、ありがとうございました。

 

 

 

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