澄夫は、すぐに帰宅するとシャワーを浴び、着ていた物全部の洗濯をした。母親が帰る前に干そうと、アイロンをかけたが服がなかなか乾かなくて涙が出た。
澄夫は翌日から登校を拒否したという。
「つらかったね。そのことをお母さんたちに話したの?」
しばらく沈黙していた澄夫は涙を流し、次第に大きな声で泣きながら、
「俺がこんなことをされたと母さんにわかったら、母さんの、母さんの気が変になってしまう…。父さんだって、父さんだって…」
涙があふれる澄夫を前に、私は言葉を失った。登校拒否を「怠け者!」と殴った父親が、優しい母親が、わが子の人間性を無視されたことを知ったら、気が変になるかもしれないと気遣う澄夫。一見、幼さを残しているような澄夫の心底に、こんな思いを宿していたのだ。本当の優しさとは、こんなに強いものかと驚いた。
転校して再登校
親には、まだ真相を知られたくないと言うので、「転校したら再登校できる」との理由で教育委員会に特認転校を願い出たが、詳しい事情を求められて実現しなかった。
何か方法はないかと思案して、隣接の中学校長を訪ねてすべてを話してみた。校長は涙を浮かべて、
「そんな素敵な子は喜んで本校に迎えたい。いっさい、私に任せて欲しい」
と言い切った。校長は、「理由は言えないが、転校が望ましい。私を信頼して転校を認めて欲しい」と関係者を説得し、3日後澄夫の転校は実現した。
澄夫は卒業まで休むこともなく通学したが、転校後間もなく、澄夫から素敵な便りが届けられた。
「(冒頭部分省略)
スコレーには2カ月だったけれど、ぼくは助かりました。先生が、『親に話さないのは、うそつきではないし、自分を守るためなら、うそを言ってもいい』と言いました。ぼくはすっきりとしました。『がんばらないで、なまけない』ということも忘れません。
(中略)
先生もがんばらないで、なまけないでいてください」
1年後、高校受験が近づいた澄夫が訪れた。
「親は登校拒否のことを何も聞かないけれど、きっと不思議に思っているから、受験前に話しておきたい。先生も手伝って欲しい」
と言うので、両親に来ていただき、澄夫が詳しく説明をした。澄夫は淡々と話し、私が、澄夫の優しさに感動したことを伝えると、両親はしばらく声を出せなかった。父親は涙を拭きながら、
「知らなかった。澄夫ごめんな。澄夫ごめんな…。母さん、澄夫の親で良かったな」
と言うと、母親は声を出して泣いていた。