さいわい、風は南のおい風だ。帆をあげるとポーンといい音をたてて風をはらんだ。船はゆっくりと波をきり、スーッと加速する。
「おいおい、イサム。すごいじゃないか。おまえ、いつのまにこんなことができるようになったんだ?たいしたもんだなあ」
父さんのおどろき顔に、ぼくはとくい顔でいった。
「針路(しんろ)はこれでいいんだろう、父ちゃん」
「ああ、いいぞ。いや、しかし、それにしてもたいしたもんだ」
そして、父さんは、寝ぶそくの目をほそめながらいった。
「むかし、死んだ爺(じい)ちゃんもなあ、よくこうやって帆(ふう)かき(帆かけ)サバニで漁にいったもんだ。だけど、父ちゃんの代になって動力船(どうりょくせん)にかわったもんだから、帆(ふう)かきサバニはもうかえりみられなくなった。しかし、こうしてみると、帆(ほ)かけ船っていいなあ。しずかで、ゆっくり話もできる。それに燃料がなくても自然の風で走れて、少しも海をよごさん。風ならなくなるってことはないし、べたなぎでも気長にまてば、風はまた吹くからなあ。うん、ほんとに海の風はいいなあ……」
父さんは、うれしそうに帆をみあげた。うでのないシャツの片そでが海の風にヒラヒラとはためいていた。