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硝煙にまみれ、汚れた土偶のようになって一瞬のうちに死んでいく者はまだ幸せだった。

自殺、自傷、発狂……そんな忌わしい事件が発生する度に将校たちは、自殺は祖国への犯罪行為だ、と言葉さびしく兵隊たちを戒しめた。

南鳥島死守ノ神兵タレ。

と、日頃から口癖のように訓示していた部隊長坂田陸軍少将閣下は終戦直前の七月二十日夜、酒に酔った部下の中村少佐から拳銃で射殺された。

翌朝、少将閣下の遺体は小指一本残して、毛布にくるまり、哀悼の意を捧げる喇叭手の吹奏もなく南鳥島の海へ沈んでいった。

そして、間もなく終戦の日が訪れた。

廃墟と化した南鳥島に、いち早く星条旗を翻した数隻の高速艇が何のためらいもなく、南岸の舟艇水路を一直線に進入してきた。

以来、二十八年間南鳥島は米軍の占領下にあり、昭和四十八年に至りやっと日本に返還された。

現在、陸海自衛隊、気象庁観測職員、海上保安庁ロランC保守要員など、約七十名ほどの公務員が常駐し、それぞれの業務に携わっている。

島の東岸中央部には、これら官公署の瀟酒なコンクリート・プレハブの二階建てが並び、また、それらを囲むように地上高四十三メートルの無線塔と赤塗り二十五メートルの無線塔二基が建っている。

さらに、島の中央には眼もくらむような赤白塗り、地上高実に二百十メートルのロラン塔(電波航法施設)が中天にそそり立っている。その他、銀色の油タンクが多数緑の木々の間に並び、その近代的風景に、もはや戦前のおもかげなど求めようもない。

あまりにも時は移ろい、歴史は変転した。強いて過去の陰影をさがすとすれば、あの大日本帝国海軍の哨戒機が飛びたった滑走路の片方だけが残っていることだけだろう。

 

 

 

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