カナダのセントローレンス川の河口近くに、リムースキという静かな街がある。
この街の外れに訪れる人も少ない小さな博物館があるが、そこで展示されている品物は、このような地方都市でよく見かける博物館のそれとは、いささか趣が異っている。
展示品の大部分は、近くを流れるセントローレンス川の、この街のすぐ沖合で沈んだ大型客船から引き揚げられた、様々な回収品の類である。
船の舵輪、号鐘、大きな救命艇、各種の船具や部材、巨大な錨、さらには船内で使われていた陶磁器や銀製の食器類、各種の船室の調度品、そして船室に残されていた、乗客の遺品とも思われる数々の身のまわりの品々などである。
この博物館の入口には「セントローレンスのタイタニック」という見出しが掲げられているが、その言葉の意味は、この博物館を見学して初めて理解出来るのである。
この博物館が、かつてタイタニック号の大惨事に匹敵するほどの、海難史上希に見る痛ましい事故の記録を保存する、唯一の施設であることを知る人は少ない。
船舶や海事関係の仕事にたずさわる多くの人々も、この博物館を知る人はほとんど居ないし、それどころか、この悲劇的な事件そのものを知る人が、何故か少ないのである。
タイタニック号の大惨事が起きてから二年後の一九一四年五月、イギリスの大型客船エンプレス・オブ・アイルランド号が、このリムースキの街の沖合を航行中、衝突事故を起こして沈没した。
沈没による犠牲者の総数は千十二名にも達し、正に大惨事であった。
この犠牲者の数は、タイタニック号の沈没による犠牲者の総数千五百二名に比較すれば確かに少ないが、乗客の犠牲者の数は八百四十名を数え、タイタニック号の八百十二名を凌ぎ、それまでの外洋客船の事故としては最悪の記録であった。