「なんじゃろか、うったまがったお人だな」
しかし俺は彼が大仕事を前にして神に祈りを捧げているのを知っていた。
楽しそうに踊り終えた男は、扇子を帯に戻すと、代わりに太陽の旗を取り出した。折から雲間が切れて金色の光が地上の万物に濃い影を焼き付けた。旗がさっと翻る。
「そーれ!巻け巻け!引き締めろっ」
あちらこちらで四斗樽が太鼓のように鳴り響くと、五百人が息を合わせて綱を引く。
綱は滑車を通してイライザ号の船体を柱に結び留められた。作業は順調に進み、昼近くには終わった。後は満潮を待てばよい。キウエモンは人々を休息させて食事をとらせる。
天に青空が広がった。少し風が出てきたようだ。波がゆっくりと呼吸を始めた。
俺はキウエモンに貰った握り飯を握ったまま、西漁丸の船縁に走った。
潮が満ちてきたのだ。何百本という綱が一斉にきしみ音をたてはじめる。干潮時にイライザ号を結んだ綱が、満ち潮に潜りこもうとする沈没船の力に激しく抵抗しているのだ。
キウエモンも駆け寄ってのぞきこむ。握り飯を頬ばっていた漁師たちも駆け寄った。恐ろしい音がした。重量に耐え切れず切断される綱もある。しかし、七十五隻の漁船は自然界の法則にしたがって、水圧クレーンのように、ゆっくり、だが着実に水位を変えていった。七十五隻がウキになって引き揚げた綱は、また滑車を通して柱に巻き締められた。俺は固唾をのんで見守る。
縦横に組まれた丸太の隙間から見える海面にさざ波が立ってきた。そして懐かしいイライザ号の甲板と船倉のハッチが太陽のもとに姿を見せた。見守る数百人がどよめいた。