言い換えるなら、キウエモンは長崎周辺に住む五千人もの漁民の生活に深くかかわっていたことになる。この朝、彼が七十隻以上の漁船と六百人以上の人間を動員できたのは当然といえば当然の力だった。
西漁丸の上のキウエモンが赤い丸を描いた旗を大きく振り上げた。作業開始の合図だ。
「あの太陽をデザインした旗は、サムライでなければ持てない権威あるものだそうだ」
パイプに煙草の葉を詰めながらラスが教えてくれた。俺たちの目の前で西吉丸が動き出した。西吉丸はイライザ号の周りを回りながら、太綱をくりだしてゆく。待機していた漁船の連中がその綱を受け取り、イライザ号の舷側へ押し付ける。西吉丸がぐるぐると沈没船の周囲を回るうちに、綱はイライザ号の舷側を鉢巻きのように締め付けてゆき、とうとう三重になった。太綱の両端はイライザ号と船尾を合わせている西漁丸に引き込まれ、滑車と巻き取り機で締め付けている。
ふたたびキウエモンの旗がひるがえった。どこかで樽を叩く音が響く。すると、漁船の男たちが用意してあった長い竹竿を持って、イライザ号に巻いた太綱を、掛け声合わせて海中へ向けて突き下ろす。
「セーノ、ヨイッショ!セーノ……」
なるほど、樟脳が溶けた水に人が潜る危険を避け、竹竿を使ってイライザ号に太綱を巻き付けたのだ。数日で太綱は海中に沈むイライザ号の喫水線あたりにしっかりと巻かれた。
巻いた太綱には数ヤードおきに別のロープが縛ってある。これは沈没船を引っぱりあげる手掛かりで全部で三十箇所ほどあった。