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希薄なら良薬でも高濃度では劇薬だ。タナカたちは最初の勢いはどこへやら、結局この日、海に潜ったものの何一つ引き揚げることも出来ず、二人の死人を抱えて退散した。

唯一の収穫はイライザ号の船底部分約十一フィートが、海底の泥の中にめりこんでいると判った事だった。

 

その晩、出島で対策会議が開かれた。

席にはオランダ商館員、奉行所の幹部、出島乙名(おとな)と呼ばれる町の理事らが顔を連ねていた。

沈船から毒が流れているという噂を聞いて、もう一人の志願者ヤマシタは早くも辞退を申し出ていた。万策尽きた一座の表情には疲れの色が濃くにじんでいた。いったい何という国だろう。聞けば優雅な文化と活気のある経済市場を持ち、しかも強力なサムライ軍団を常備しながら、外国に渡航する商船はおろか、大砲を載せた軍艦も無い。唯一の国際貿易港という長崎ですら、イライザ号が接岸出来る埠頭も、大きな造船場もクレーンもなかった。これで海を擁する独立国と言うのか。

だが俺はあきらめるわけにいかない。全財産と虎の子の船を無くしてなるものか。

「キウエモンが志願してるじゃないか」

俺は必死になって訴えたが、

「あ奴は他所者の漁師じゃ。途方もない費用をふっかけてくるか、支度金を持ち逃げするか、うかっーと信用ならんばってん」

と逃げ腰だ。ラスも俺に同調してくれた。

 

 

 

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