こうしてトランブル号が樽のネックレスをまとって見せた時には、それまで沈んでいた船腹は優に四、五フィート以上浮き上がっていたよ。その有様を見たとき、俺たちは思わず肩を叩きあって喜んだものさ。
三日目の未明、皆が甲板に座り込み、早めの朝食をとっているとき、河口の偵察に行っていた士官が、敵の見張りが手薄になっている知らせをもって帰ってきた。艦長は全員を集めると脱出作戦の決行を宣言した。彼は剣を抜き、「さあ、今こそ海に出ようじゃないか!」と叫んだ。俺たちも興奮して「海へ!海へ!」と叫びながら一斉に持ち場へ走った。
ああ喉が渇いた。済まんが娘さん、もう一杯注いでくれ。うん、冷たい日本酒はいいね。
さて、俺たちは丸腰のフリゲート艦で静かに川を下っていった。やがて夜明けの薄明かりに、河口に浮かぶ白い小さな樽が見えてきた。偵察に行った士官が、バリケードがある位置の目印に浮かべてきたものさ。水面は艦長のねらい通り満潮だ。バリケードの丸太は水面下三フィートの水中に沈んでいるらしい。
トランブル号の正規の喫水は十六フィートだったが、大砲はじめ重い荷物を降ろしている今の状態では半分そこそこしかない。両舷に二百個の浮き樽をつけていなければ転覆してしまう船足だ。艦長は有りったけの帆を広げさせた。船は速力を上げてバリケード目がけて突進する。その頃になってようやく敵の見張りが気づき、マスケット銃を数発撃ちかけてきたが、そんなものはメじゃない。
船がバリケードに衝突したときは凄い音がしたが、きれいに反り返ったトランブル号の船首材は丸太に乗りあげた。そして速度のついた六百トンの船体は船底をガリガリ擦りながら、アッという間にバリケードを越えてしまった。敵さんが岸から大砲をぶっぱなした時には俺たちは海に向かって一目散さ。そして沖で二百個の樽を全部切り離すと、身軽になって味方が待つ安全な港へ向かったんだ。あのときの事は俺にとって良い経験だったし、今でも忘れられない素晴らしい思い出だな」