障内 みんなニックネームですから。行政的な名前ではない。
青木 むじな坂とか暗闇坂なんて、すごく好きです。しかも同じ名前が他の場所にもある。おもしろいのはパリで、例えば、人の名前がついているところがたくさんある。東京は、人の名前はありますか。乃木坂くらいですか。
陣内 鳥居坂があります。
青木 通りでは明治通りがある。由来が天皇からきたのか、時代名からきたのかわからない。ほかに漱石通りなどがあってもいいのだが。鴎外記念館があるのに、何もついていない。
森 鴎外まんじゅうを売っているお店が1つあります。
青木 ニューヨークやパリ、ロンドンでも人の名前があるでしょう。坂や橋の名前は、特徴があります。京都はどうですか。
山室 五条坂とか。
青木 何とか上ルとか、地名の読み方はいろいろ特徴的だが、東京はすごくおもしろい。たぬき坂を上がってっていったら、きつねも行きましょうかなんて。地名をよく知っているタクシーの運転手は、おもしろいことを言ってくれます。
陣内 坂は、近代化の中であまり評価されないで来たかと思ったのですが、そうでもない。横関さんの『江戸の坂 東京の坂』は、1970年ごろ出版されて、随分版を重ねている。70年代半ばに、『続江戸の坂 東京の坂』も出ています。高度成長が終わって、落ち着いた時期ですが、その時点で坂への関心が相当あったということです。
日下 昔は、大八車を引っ張っていたから、坂道は大変だった。
川本 九段の坂は、押す人がいたって言います。
日下 押し上げね。焼き芋やさんを押してあげたら、芋を1本くれたとか。
青木 東京の昔の仕事、労働事情みたいなものが反映されている。これはおもしろい話だといつも思っている。
空間のマネジメント
川本 「谷・根・千」という言い方は前からあったんですか。それとも森さんたちが雑誌を始めてからですか。
森 私たちが初めてです。横文字のタイトルは似合わないし、他に思いつかなかったので、「谷中・根津・千駄木」というタイトルにしたら、長過ぎるからと、地域の人が勝手に「谷・根・千」と呼ぶようになって、今は地域の名前として定着しました。
川本 全部文京区の町ですか。
森 いいえ、谷中は台東区です。根津、千駄木が文京区です。ただ、荒川区の日暮里と北区の田端は地つづきですし、どうしても芥川や室生犀星の文化圏まで入れたいものですから含めているんです。
でも、根岸は子規、天心、根岸堂の文化圏です。酒井抱一から重田鵬斎までいる。今はラブホテルが多すぎて、フォーシーズン(四季)なんてうそみたいな名前のホテルまであります。
陣内 この界隈は、東京の中で残っているから価値があるというだけではなくて、ここにしかないという空間、場所だと思う。4月のお花見の季節に建築学会絡みで京都の景観研究を行っているグループがある。そのグループが谷中で研究会をやったところ、京都をはじめ全国から来た。手島さんという、谷中学校のリーダーがいろいろアレンジしてくれたのですが、2年前に、全国の町並み保存をやっている人たちが東京で大会を開いたときに、分科会を谷中でやった。いい町並みをよく知っている人たちが視察したのですが、みんなすごく評価している。
人の暮らし、生業が継続していて、新しい要素もほどよく入っていて、スケールがよくて、たたずまいがあって、人情があってという、こういう空間は、ほっとさせられる。全国的に見ても、こういう場所ってない。関西の人が驚くのは、植木鉢を路上に並べている光景です。関西ではあまりない。外国人もおもしろがるんです。歴史的街区はヨーロッパにはいっぱいあるが、こんなにほっとさせられて、プライベートとパブリックな空間がまざっている所はない。ヨーロッパは壁一枚で私的空間と公共空間が隔てられています。空間のマネジメントはヨーロッパではあり得ない。
青木 しかも谷・根・千地域は下町とは違う。それがおもしろい。