左の低温のピークは、南東風が卓越した際に沿岸湧昇が生じ一時的に低温水が表層にもたらされることに対応している。当初、黒潮の二つの安定路に対応して、その中間の領域にダブルピークが生じるのではないかと予想したが、ピークの形状が若干平らになることがあっても、複数のピークが表れることはなかった。面白いのは、非常に歪んだこの例で、低温側のピークも、m-3σの内側に入っていることである。ただし、これは右端のピークの存在が標準偏差を大きくすることに貢献しているためで、一般的な閾値の設定が難しいことを示唆している。
異常値の扱い方を示唆する例をもう一つ上げておこう。和歌山県農林水産総合技術センターは、30年にわたって、定線観測線を維持しているが、35.0以上の高塩分水が観測されたのは1984年の8月の1測点だけである。しかし、JODCのデータベースを検索すると、この海域で他にも12の観測例のあることがわかった。しかも、水産庁の観測船蒼鷹丸が、和歌山県が高塩分水を観測した場所の近くで、しかもほぼ同じ日に、同様の高塩分水を観測していた。この事例はMorikawa et al.7)が解析しているが、その結果から高塩分水の生起特性を紹介しよう。和歌山県の観測海域を図6に示すように26の区域に分け、その塩分値の生起状況を調べた。それぞれの区域において鉛直塩分分布で最大の塩分値を選び出し、全資料の中である選ばれた塩分値以上の高塩分水が出現する確率を%で示したものが図7である。横軸には選ばれた塩分値をとっているが、この塩分値を増大させると当然確率は減少する。この減少の有様から、最初緩やかに減少して、次第に減少率が増加していくタイプ(実線)、ほぼ直線的に減少するタイプ(点線)、及び減少率が徐々に減っていくタイプ(破線)に分けらことが出来る。この3つのタイプの出現場所を、図7に示すが、最初のタイプが蛇行時でも常に黒潮の沖側に位置する場所、3番目のタイプが沿岸域、2番目のタイプが遷移領域にあることがわかる。面白いのは図7で、三つのパターンとも、34.95以上の部分を無視すると、34.90より少し高いほぼ同じ塩分値(34.91〜34.92)に向かって減少していく傾向を示していることである。これに対して、34.9以上の部分は、それ以下の部分と比べて、生起確率の低減の有様がかわり、より低い低減率で34.50を超えて若干の生起確率が維持されている。この図は、この海域において通常の塩分値分布の上限は34.92程度であること、稀な現象であるがそれ以上の異常高塩分値が、現実に現れ得ることを示唆している。レンジチェックの閾値選定の観点から言うと、この34.92という値を統計的に現れ易い値の上限として選ぶべきであろう。しかし、35.02程度の高塩分水時にはリアルのものとして現れえるので、これをもう1つの上限値として、これを超えたものは通常は誤データとみなすべきであろう。