現場での海洋現象は現場の研究者が最も熟知している訳で、ソフトを現場での作業・研究に利用してもらうことによって、海洋学的なチェックも行われることを期待している訳である。このソフトは、IODE議長のSearle氏の高い評価を受け、その要請を受けて英語版も作成した。英語のマニュアルは完成していないが、若干の開発途上国にはすでに提供を行っている。
なお、現在の所、レンジチェックには、WOD98でNODCが用いた閾(しきい)値をそのまま利用している。しかし、この閾値は赤道域を除く北太平洋全域を1つの海域とみなしているので、局所的な海域を対象とした場合、若干の問題がある。岩手県水産技術センターの1971年から1995年までの期間、三陸沖で観測した水温・塩分の値の全てをそれぞれ1枚の図にプロットしたのが、図3である。この図で縦横の折れ線はWOD98で用いられたレンジの閾値を示すが、水温(左図)・塩分(右図)共に、データ点はこのレンジのかなり内側に固まっており、複雑な海況を示す三陸沖でも地域を限定すればWOD98のレンジは広すぎることが分かる。WOD98でも、さらに進んだレンジとして、平均値をm、標準偏差をσとして、m±3σを閾値(50m以浅の表層面・沿岸近くではm±4σまたはm±4σを使用)としての検定を行っている。平均値mを白三角の点で、m±3σの値を白丸の点で図3のそれぞれに示す。もしも、データの分布が正規分布に近ければこの範囲に99.7%のデータが入る筈であるが、特に三陸沖の水温の分布は低温側ではずっと内側に固まっており、高温側ではこの閾値の外側まで連続して伸びており、三陸沖のデータについては、この検定は不適当であることが分かる。これは、水温の下限が結氷点に限られる(三陸沖では事実上0℃)のに対し、高温側はかなり稀ではあるが黒潮水の進入により、相当な高温になるためである。生起頻度の大きくない異常高温水を統計計算に加えるべきかどうかは、議論が分かれるところではあるが、データ管理の面から見て例え疑問と思われるデータでも、フラグを付すだけで消去しないことの背景はこのようなところにある。MIRCでは、日本近海を海域特性によって幾つかの海域に分けて、それぞれの海域で、季節変化も考慮して、きめの細かい閾値の設定を計画している。