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欧州における特徴的な傾向は、ISO 13407の認証を、当該製品を担当しているプロジェクトのユーザビリティに関する成熟度水準に関して行おうとしている点である。この成熟度という概念は、もともとはソフトウェア開発において、工程遅延やバグ発生率などを改善する目的でアメリカ国防総省(DOD)がカーネギーメロン大学に依頼して開発したケイパビリティ・マチュリティ・モデル(CMM)において提唱された概念で、企業の組織文化がどの水準に到達しているかを確認し、認証していこうとするものである。ユーザビリティに関する成熟度という概念は、なかなか明確にすることが困難ではあるが、現在、欧州のプロジェクトでは、その具体化のための作業が進められている。

一方日本では、人間生活工学研究センター(HQL)が通産省生活局デザイン政策室の支援をいただきながら、認定のための準備活動を行っている。これは、情報関連機器に限らず、すべての製品を対象にしようとしている点などに欧州のアプローチとの違いがあり、現在その基準の策定作業が進行中であり、2001年春には、その基準にもとづいた認定活動が開始される予定である。

 

4. ユーザ工学

こうしたISO 13407の考え方を実践していくためには、方法論も重要だが、同時に企業組織における運用論も重要である。そのためには、単に、ユーザビリティ評価のための手法を開発するユーザビリティ工学では不十分であり、より広い範囲で問題をとらえようとするユーザ工学(user engineering)の考え方が必要となる。

ユーザ工学では、ユーザを中心としたものづくりを強力に推進するために、ユーザの分析やユーザビリティの評価に関する方法論を整備すると同時に、現在の日本の企業の中でどのように人間中心設計の考え方を実践に移していくかという組織文化の改善のためのアプローチまでを含んでいる。

ユーザの分析に関しては、従来のマーケットリサーチ(market research)で多用されてきた質問紙ベースの定量的処理だけでは、ユーザの理解が不十分になることを指摘している。定量的処理もそれなりの大きな意義をもっているが、そこから明らかになるのは、集団としてのユーザであり、マクロな視点に立った問題把握である。これに対して、ユーザ工学では特に、従来、社会学や文化人類学の分野で利用されてきたフィールドワークの手法を活用することを推奨している。その一つとして著名なものがカレン・ホルツブラット(Holtzblatt, K.)らが開発した、文脈におけるデザイン(contextual design)の手法である。これは、ユーザが働いている実環境(実文脈)においてユーザ行動の観察を行い、必要に応じてユーザに割り込んで質問を行うという、文脈における質問(contextual inquiry)という手法をベースにしている。文脈におけるデザインでは、こうした観察や質問によって得られたデータをもとにしてワークモデルという図式的なまとめを行い、その後アイデアの生成に移る。このような形で個別のユーザに関する深い洞察をベースにすることが、良いアイデアの生成につながるのだ、と主張されている。この他にも、フィールドワーク的な手法には幾つかの異なる手法が提案されており、ユーザビリティ関係者の間では、そうした質的(定性的)データをベーズにすることが、ほぼ常識化している、といってもいいだろう。

 

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図7 実環境におけるユーザの調査(文脈における質問手法)

 

 

 

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