ポーランド造船業に影響を及ぼした主な政策(1993−97年の政権が採用したものが多い)を以下に示す。
・1996年に、グダンスク造船所に追加の財政支援を行わないとの決定が下され、同造船所は破産申立てを余儀なくされた。政府は、負債処理を行ってしまった方が造船所の売却が容易になるとして、支援停止の措置を実施した。
・90年代半ばに、国内の主要造船設備の所有権を一括統合しようとする試みが行われたが、失敗に終った。これが不可能と判明すると、政府はグディニア造船所を買収しようとするシチェチン造船所の動きを強力に支援したが、これも失敗に終った。
・新造船、修繕船を含む国有産業の民営化。これは90年代初めのポーランド経済状況の急激な悪化に対する直接の対応である。その多数が赤字を計上している国有企業の所有権を売却することによって、当局は財政赤字削減と民間企業の育成を図った。これらの産業が市場の競争原理にさらされれば、効率化を追求せざるを得なくなるだろうと期待されていた。造船の場合、民営化はすでに1991年から着手され、グディニア造船所の法的性格が株式会社に変更された(これが同造船所売却の前提条件となった)。各造船所の民営化の条件を整えるため、第3節で述べるように各種の手法が採用された。
・1991-92年には、政府は造船業に対して「自由放任」の態度を示していた。ポーランドの各造船所はコメコンの崩壊と91年初の造船助成撤廃により、すでに大きな問題を抱えていたが、政府の無為は問題をさらに深刻化させた。95年にシチェチン造船所の販売マーケティング部長Andrjez Zarnoch氏は、政府の方針を「中小企業を育成しようとしているが、重工業の支援には何ら関心を示さない。」7と断じている。
・OECD(1996年8月)とNATO(1999年3月)に加盟。これは西欧と北米の先進工業経済圏に対するポーランドの結び付きの強化に役立った。
7 出所:1995年9月5日付け"Lloyd's List"