私は、小さいときから父の剣道を見て育ってきました。竹刀でたたき合いをするなんて、とても痛いんだろうなあといつも思っていました。時々かがされる小手のにおいもたまりません。でも、父と母がしている剣道を見ていると、とても楽しそうなので、私も早く大きくなっていっしょにやりたいなあと少しずつ思うようになっていきました。
けいこが終わって面をとったときには、道場一杯に汗いっぱいの顔が広がります。気持ちのいい、そんな顔を見るたびに、いっしょにやりたいなあという気持ちはだんだん強くなって、ついに私は、
「お父さん、私も剣道する。」
父はこの言葉を待っていたようです。次の日には、さっそく防具屋さんへ連れて行かれ、防具の注文をしました。
私が通っている道場は、鳴門市光武館といいます。父が小学生の頃に習っていた道場で、全国でもめずらしく、鳴門市が管理している剣道専用の道場だそうです。
いざ剣道を習い始めてみると、毎日毎日がすり足の練習ばかりでいやになってきます。道場でのけいこがない日も、家の前で父といっしょにすり足の練習をします。楽しい剣道はいつになったらできるだろうといつも思っていました。
父の口ぐせは、「剣道は、基本が一番。」そればかりです。私が、
「早く面をつけてお父さんやお母さんと打ち合いがしたい。」
といっても、
「すり足ができるようになったらな。」
といって、竹刀も持たせてくれません。私は剣道がこんなにおもしろくないなんて思ってもみませんでした。
半年ぐらいして、やっと素振りもできるようになり、いよいよ先生の面を打たせてもらえる日がさました。
『ポッコーン』
体中に電気が走ったようでした。やっぱり気持ちがいい。私が想像していたとおりです。初めて竹刀で面を打ったときのこの気持ちは一生忘れられません。
面をつけて試合にでるようになった今では、父の言っていた「基本が大事」という言葉の意味が少しずつ分かってきたように思います。手と足がバラバラではやっぱり勝負になりません。
5年生になってからは、団体戦のメンバーに選ばれ、今度は試合では負けたくないという気持ちが強くなってきました。男の子にも負けたくありません。いつの間にか、試合で負けると涙が止まらなくなっていました。
しかし、負けるのがイヤで後ろに下がったり、かわしたりして勝ったとしても、父は喜んでくれません。
「剣道は自分を表現することだから、思い切って前へでないとだめだ。そんな試合は、千尋らしくない。」
としかられます。そして、
「正々堂々と、いつもけいこしていることを自分らしく思い切ってだしてやればそれでいい。」
と教えてくれました。