2000年前の航海
神奈川県水産総合研究所
亀山勝(かめやままさる)
司馬遼太郎の勇み足
海難防止協会がある今もそれが無かった昔も、船乗りにとっては、いかに海難を避けて無事に航海するかが願いであり腕である。風や潮流を知らずして荒海へ出て、遭難する船乗りは、無知無謀のそしりを受けることはあっても勇者ではない。
エンジンで走る現代でも、航海士に「お前は風や潮の流れを知らない」と言えば怒るだろう。ましてや帆や櫓で航海していた時代の船乗りに、現代人が「彼らは季節風を知らなかった」といえば、彼らの霊は浮かばれまい。
司馬遼太郎氏がその著書「空海の風景」で「夏には風は唐から日本へ吹いている。が、五島から東シナ海航路をとる遣唐使は、六・七月という真夏をえらぶ。わざわざ逆風の季節をえらぶのである。信じ難いほどのことだが、この当時の日本の遠洋航海は幼稚という以上に、無知であった。」と書いている。そこで、二千年前の航海にふれる前に、千三百年ほど前の遣唐使船船頭の名誉回復のために、司馬の思い違いだということを述べなければならない。
東シナ海と黄海の風と潮流について、平成六年に高橋暁氏と柳哲雄氏(一九九四年月刊「海洋」二八四)が、風は過去百二十年、流れは四十年(水温・塩分)のデータから計算している。その結果をコンピュータに描かせた夏(七〜九月)の図を転写した。これによると、風は沖から中国大陸へ向かう南東の風が吹き、山東半島の南から大陸沿いに北風が吹いている。また、流れのほうは北東へ向かう黒潮の強い流れ、黒潮から別れた対馬暖流、済州島の北を黄海へ向かう流れ、黄海では左回りの流れと大陸沿いに南下する流れがある。