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十六日…朝におたなをおろし、墓棚などを整理する。昔(戦前)は、供物や迎え馬・人形など一切を川に流した。夕食後、門口で送り火を焚く。その頃、いよいよ始まる盆踊りの寄せ太鼓の音が、踊りの序曲(プロローグ)として遠くからなり響いてくる。

 

独特の装束と振り

 

西馬音内(にしもない)盆踊りは、大きく「音頭」と「がんけ」の二つに分けられ、前者は豊年踊りの流れに連なり、後者が念仏(亡者)踊りの系統をひく。

そして後者の囃子の「甚句」は、前者の明るく野趣(やしゅ)に満ち活気ある囃子とは対照的に、一脈の哀調をおびた調子になる。

がんけ踊りの「がんけ」の語源も二つに分かれ、踊りの列を雁が空を飛ぶ形から連想した「雁形(がんけい)」からきたという説と、「歓化(かんげ)」という仏教用語から発したという説がある。

だが、歓化(かんげ)が庶民に仏道に入るように誘って勧める、という意味であり、そもそも念仏踊りが仏教伝道の目的で行われたものと考えれば、後者に高い確率があるように思う。

さらに発展して、これも仏教用語の「願生化生(がんしょうけしょう)」から来たという説もある。願生(がんしょう)は、来世も人間としてこの国土に生まれてきたいという願いであり、化生(けしょう)は、毛虫の一生が終って美しい蝶となって出現するように、新しく形を変えてこの世に姿を現したいと願うことをいう。

その「願生化生(がんしょうけしょう)の踊り」が省略されて、「願化(がんけ)」になった、というものである。

念仏(亡者)踊りとして、振りのなかにも独特のものがあり、他の盆踊りによく見られる開放的な表現=手を叩いたり、地を跳ねたり飛んだりする動作がない。基本的には大地を擦(す)るように、擦(す)り足で緩やかに進む。

この擦(す)り足のしぐさは、元来・水田農耕民の歩き方を象徴したものといわれる。それは、土に生きる者の歓びと畏(おそ)れを直截(せつ)に表出している。足裏で、大地やそこに棲(す)む精霊や草や樹木の根につながっている者の感覚である。

足の運びが遅くゆったりと進むので、流れるような動きを生み出す。日本舞踊の核になっている腰が安定し、水平に動いてゆく。

この盆踊りを

「篝火に 仏陀(ぶっだ)のごとき 指の先」

と象徴的にうたった句があるが、工夫された微妙な手のひらの変化や指の形、幽玄(ゆうげん)な篝火の光と影が織(お)りなす形象は、仏像のそれを連想させるものがある。

さらに、「がんけ踊り」の中に、身を低くし腰に重心を置き軸にして、地上をくるりと一回転するしぐさがある。この身振りは、死と再生の繰り返しの形である。

「輪廻転生(りんねてんしょう)」の表現といわれている。衆生(しゅじょう)(人間)は、この迷いの世界を生き代り、死に代りしてとどまることを知らない。その意味を象徴的に表わしているという。

ここにも、念仏(亡者)踊りの濃厚な個性が残されている。

踊りの装束の中で、最も特色のあるのが頭巾(ずきん)の存在であろう。少年少女は豆絞りの鉢巻きをきりりとしめ、顔を見せて踊るが、踊り手(大人)は、顔を見せないよう隠して踊るのが原則である。

鳥追い笠風の編笠を深くかむったり、黒い布で作った「ひこさ頭巾(ずきん)」とよばれるもので、すっぽりと顔を覆(おお)ってしまうのである。

 

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精霊を迎える人形たち(画・小坂太郎)

 

 

 

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