生島/外国に行くと、改めて、日本の良さというのが見えてくると思うんですけど、僕の場合は、宮城県の気仙沼という所で、生まれ育ちましてですね、三陸海岸で。
東京に初めて来たのが、高校卒業して来たんですけど、20歳の時に、生まれて初めて海外に行きまして、片道切符でハワイにいったんです。その後、4年間、悪戦苦闘しながら、アメリカの学校を卒業して、帰って来たんですけど、着いた時に誰も迎えがいないんですよ。ハワイは、今、当たり前のように行きますけど、全然迎えもなくて、先行きどうなるんだろうかと。3週間たった時には、僕の財布の中には、30ドル、1万円しかなかったんです。
自分自身が、学生運動で挫折をしましてね、それを、たまたま、空手の先生が、アメリカで試そうっていうんで、どうせ行くならというので、一人で行ったんです。それで、たった一人で知らない所に行きまして、何ができるか試そうということで。
そしたら、結局、4年間暮らすことになったんですけど、その時に、自分自身の小ささとか、弱さとか、また同時に、頑張れば色んなことができるんだと分かりました。
アメリカも色々と旅をしましたけれど、グランドキャニオンのスケールの大きさに、自然の偉大さを感じましてね。と同時に、4年間アメリカで暮らして、切符がなかったんで、日本に一度も帰れなかったんですよ。その時に、また、改めて、日本の良さというのを発見したという気がします。
萬田/その4年間、向こうで、4年住もうと思ったんじゃなくて、行って?
生島/行って、あと、行き当たりばったりですから。
萬田/すごく、良い経験というか、体験ですね。
生島/あのアメリカがなかったら、僕の今がないというように思っているんですけども。でも、今、改めて、そのままロサンゼルスに残っている人がいるんですけども、毎年、日本に帰ってくるんです。僕らからすると、ロサンゼルスの方が、住み良い感じもするんですが、何とね、やっぱり、日本の温泉、これが忘れられないんですって。その人も、もう50代ですから、50代になればなるほど、日本の温泉に入りたいと思うんです。
そういえば、萬田さんは、初めて親から離れて、自分たちで旅をしたっていうのはどこだったんですか?
萬田/私はね、高校1年の時に、沖縄に行きました。
生島/今日、沖縄から来てらっしゃる方、いらっしゃいますか。、後ろ側にいらっしゃいますね。拍手をお願いいたします、あちら、沖縄の方でいらっしゃいます。
どうも、ありがとうございます。
萬田/私、大阪生まれですので、デートコースは、奈良とか、京都だったりしましたけど、その時、沖縄に行くのに、初めて飛行機に乗ったのかしら。それで、友達と、新聞配達をしまして、資金繰りというか、ちょっと、お小遣いを貯めて。
生島/自分たちの力で、行こうと思ったわけですね。
萬田/はい、で、行きましたけど。友達のお家が、沖縄にありましたので、そこに泊めて頂いて。ただ、本当に、沖縄っていうのは、まだ、返還されたばっかりだったんで、外国ムードが漂っていましたね。そのお家が、米軍基地の中にあったのかな、すっごく広いお家で、こんな広いお家、住みたいなと思いましたけどね。
生島/何か、やっぱり、日本の中にも、良い所ありますけど、日本の中で外国的な雰囲気を見ると、また新たな発見で、ちょっと、印象としては強いですよね。