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C 海水・大気の大循環―1

木村龍治 (東京大学海洋研究所海洋気象部門教授)

新野宏 (東京大学海洋研究所海洋気象部門助教授)

中村晃三 (東京大学海洋研究所海洋気象部門助手)

 

1. 緒論

1.1 研究の意義

環境問題は、自然界の仕組みと深く関わっている。人口が増え、産業活動が活発になればなるほど、人類が自然界に与えるインパクトも大きくなる。産業の規模が小さい時代の公害問題は地域的であり、原因と結果が直接結びついていたために、誰にでもその本質が理解できた。しかし、地球温暖化問題やオゾン層の破壊の問題など、最近、大きな社会問題になっている規模の大きな環境問題になると、市民のひとりひとりが感覚的に問題の本質を理解することが難しくなる。そこには、自然界の複雑な営みが絡んでくるからである。

しかし、21世紀には、ますます、規模の大きな自然界の営みと環境問題が関連してくることが予想され、それに対処するためには、市民のひとりひとりが自然環境の本質を理解しておくことが必要になってくるだろう。しかし、規模の大きな海水や大気の循環は、眺めて分かる、といったものでない。一方で、気象学や海洋学の専門知識を市民のひとりひとりがもつことは、実際上不可能であろう。

そのギャップを埋めるためには、従来の気象学や海洋学とは別のルートで、自然界の仕組みを説明する方法を開発しなければならない。本研究の目的は、海水・大気のグローバルな循環のメカニズムを非専門家にも理解できる新しい説明方法を考案することであるが、その意義は、まさにそこにある。本研究課題では、直感的には分からない大気や海洋の循環の問題を取り上げ、新たに工夫した装置によって、直感的に地球環境の正しいイメージを与える方法を創案することを目指す。

 

1.2 歴史的視点とメカニズムの視点

自然は歴史の産物である。地球は、生物の個体と似て、ある時に生まれ、成長し、いつかは消滅する運命にある。現在は、その一局面に過ぎない。その局面は、過去の地球の歴史的変遷の跡を色濃く残している。そこで、現在の地球の姿から過去の歴史を明らかにする、という視点が生まれる。地球の歴史的変遷が明らかになれば、その中に、現在の自然界の局面を位置付けることができるからである。

しかし、自然現象の中には、歴史的視点では理解できないものもある。大気や海洋の循環は、そのよい例である。その理由は、現象の変化する時間があまりに速く、全体がよく撹拌されているために、過去の記憶が失われているからである。そのような自然現象に関しては、メカニズムを理解するという視点が生まれる。自然界の営みが物理や化学の法則で説明できるのであれば、理論を基に将来の自然の姿を予測することも可能になるであろう。現在、大きな社会問題になっている地球温暖化の予測は、まさに、そのような視点で行われている。そのため、大気や海洋の循環を理解しようとすれば、どうしても、メカニズムの理解を避けることができない。

 

1.3 模型によるメカニズムの理解

多くの自然界の事象は観察によって理解することができる。花や虫の観察は肉眼でできる。微生物の観察は、顕微鏡の助けによって行われる。星の観察には望遠鏡が使われる。しかし、残念ながら、それと同じような方法で、グローバルな大気・海洋循環を観察することは出来ない。それはなぜか。大きさは顕微鏡や望遠鏡で変換できるが、時間変化の速さを変換することはできないからである。自然界の循環の本質は、時間変化にある。時間変化の仕組みを理解できない場合、メカニズムの理解はほとんど出来ない。

 

 

 

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