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これに基づいて、国内法、特に、刑事手続法を改正して、被害者の権利(被害者の法的地位)を明確にする動きとなった。被害者の法的地位の確立は、被害者支援の第三の柱である。

その具体的な成果が、成年者を含む性犯罪の被害者証人を保護する規定である。特に欧米諸国では、性犯罪被害者の尋問等に関して、近代的技術を駆使した証人保護を実現した。今回成立した「刑事手続における犯罪被害者の保護のための法律」は、まさに「時代の要請」にこたえる立法である。

 

■対策に生かされた被害者の実態調査

日本は、公的な犯罪統計データに現れている限りでは、犯罪の被害は大きな社会問題ではなく、欧米諸国で問題になっている、強姦(ごうかん)をはじめとする性犯罪(児童・少年に対する性的虐待)の数も比較的少ない。しかし、被害は潜在化しており、たとえ実数は少なくても、被害者やその遺族の側には、現状に対する不満が極めて強いことが次第に明らかとなった。そこで、犯罪被害救援基金の援助を受け、「我が国における犯罪被害者のニーズ」の実態を調査するプロジェクト・チーム「犯罪被害者実態調査委員会」が結成され、三年にわたり、被害者と遺族の実態、その心の痛手などについて詳しい調査を実施した。

「犯罪被害実態調査研究会」の答申(一九九五年)は、その後の「警察の犯罪被害者対策」に生かされた。九六年二月、「被害者対策要綱」が全国の警察に通達された。これによって、警察はまさに、全国レベルで被害者対策に取り組むことになり、警察庁に「犯罪被害者対策室」を置き、九七年三月末には五十の都道府県警察本部に「犯罪被害相談室」が設置され、被害者からの相談に応じる体制ができた。また、性犯罪被害者が心理的抵抗なしに加害者に対する責任の追求を相談できるよう、女性警察官により編成された「性犯罪専従班」「性犯罪捜査指導係」「性犯罪特別捜査班」等の対応がなされている。検察庁でも九九年四月から、全国の地方検察庁で「犯罪被害者等通知制度」を実施し、被害者や遺族の申請に応じて、関係する事件の処理状況等を通知している。

 

■市民生活に定着しつつある被害者支援問題

警察における犯罪被害者対策の樹立と相前後して、多様な犯罪の被害者に対する支援活動が、九二年設立の東京医科歯科大学の「犯罪被害者相談室」を嚆矢(こうし)とし、水戸の常磐大学の「水戸被害者援助センター」、大阪YWCA内の「犯罪被害者相談室」に次いで、金沢・札幌・北見・和歌山・広島・愛知・静岡・京都・長野・富山などの自治体に設置され、多くのケースの相談に当たっている。これらの民間被害者相談室の設置を推進するために、九八年五月に「全国被害者支援ネットワーク(会長:山上皓・東京医科歯科大学教授)」が設置され、全国展開を目指している。本年四月一日、東京都の支援を受けて「被害者支援都民センター」が開設され、東京医科歯科大学の「犯罪被害者相談室」の主力がそれに移った。

私は、五〇年代の半ばごろから「犯罪被害者」の問題に取り組んできた。そのころは、一部の実務家、少数の研究者がこの新しい流れに関心を寄せられたが、大多数の人からは黙殺された。私はこの問題に関連する内外の動きと深くかかわってきた。昨今、被害者支援の問題は、市民生活の中にも定着しつつある。もう後戻りはできない。長いいばらの道にやっと展望が開けた。長かった道程を思い、深い感慨にふける日々を送っている。

 

* 宮澤先生がご病気入院中のため、政府広報・時の動き・六月号掲載の「随想」から転載させていただきました。

 

宮澤浩一/みやざわこういち

一九三〇年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学助教授、同教授を経て、九七年から中央大学総合政策学部教授。日本被害者学会理事長、国際犯罪学会副会長(アジア担当)。元世界被害者学会会長。著書に『犯罪被害者の研究』など。

 

 

 

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