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洋上取引型密輸事犯と刑事法

―漁船玉丸事件第一審判決を中心に―

 

岡山大学教授 大塚裕史

 

1. はじめに

覚せい剤をはじめとする我が国の乱用薬物のほとんどすべては海外で密造され、その多くは船舶によって国内に密輸入されているので、薬物犯罪対策のためには密輸入事犯を水際で徹底的に検挙することが重要となる。ところが、平成10年の夏頃から覚せい剤の大量密輸事件の検挙が相次ぎ、平成11年中は約2トンに迫る大量の覚せい剤が押収されている(1)。そしてこれらの事件の背後には、国際薬物犯罪組織が関与しているとされている。特に、覚せい剤は台湾、香港、マカオ、韓国等のブローカーを通じて、主として海路を利用して我が国に密輸入されており、我が国の覚せい剤ブローカーは暴力団関係者が殆どであると言われている。平成に入ってからは、中国で覚せい剤の密造が活発になり、それが大量に我が国に流れ込んでおり、また、平成9年以降は、北朝鮮が仕出地と見られる覚せい剤が大量に我が国に密輸入され、平成11年中に押収した覚せい剤の約8割が北朝鮮ルートからのものであるとされている(2)

従来、船舶利用の覚せい剤密輸入事件の陸揚げ地は、東京、横浜等関東周辺の事例が多かったが、近年、地方の港や港がない海岸部からの陸揚げを敢行した事犯が発生しており、さらに北朝鮮ルートが出現してからは日本海側の港が狙われるケースが増加しているとされている(3)

大口の密輸入の事案には、二つの形態がある。一つは、大型貨物船に積載され本邦に運ばれてくるコンテナ貨物に隠匿して持ってくるという形態で、もう一つは、漁船などを利用して洋上取引で持ってくるという形態である。洋上取引は、別名「瀬取り方式」とも呼ばれ、海上で双方の船をドッキングさせて直接薬物の受け渡しを行う方法であり、暴力団関係者がよく利用する方法であると思われるが、密輸入事件として検挙された瀬取り方式の件数はごくわずかである。

 

 

 

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