つぎに、就業人口の日々移動について見る。その推移を示したのが、第2図である。村内に常住する就業人口は、第1次産業就業人口の減少により昭和60年に底をつくが、その後増加に転じている。同様の推移を、村内で従業する人口、および村内に常住しかつ村内で従業する人口が示している。そして、日々村外へ流出する就業人口、日々村内に流入する就業人口は、いずれも一貫して増加する傾向にある。村内に常住する就業人口のうち村外で従業する人口の割合、つまり就業人口の流出率は、昭和55年の21.6%から平成2年32.6%のピークへ、そして7年にはやや減って27.9%と、推移している。つまり村内に常住する就業人口の3割前後が村外で従業しているのである。その従業地を平成7年について見ると、熊本市が126人で最も多く、ついで長陽村の103人、大津町66人、白水村45人となる。後3者はいずれも久木野村に隣接する町村である。とくに、目に付くのは、従業地を熊本市あるいは大津町とする者が一貫して増加してきていることである。一方、村内で従業する人口のうち村外から日々流入している者の割合、つまり流入率は、昭和55年の2.6%から一貫して増え、平成7年には16.0%となっているが、流出率と比べるとかなり低い。熊本市および隣接町村との日々の流入就業人口と流出就業人口とを比較すると、いずれの市町村との場合も流出超過となっている。このように、久木野村は、熊本市・大津町を初めとする隣接町村の通勤圏に組み込まれ、純農村にいわゆるベッドタウン的要素が加わりつつあるのである。