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II 足助町の特色

 

足助町は、元気がよい。足助町のホームページを開くと、矢澤長介町長のメッセージ「21世紀は足助の時代」が、まず、とびこんでくる。東海随一の紅葉の名所として知られる『香嵐渓』(写真2、図3)があり、他に図2で一部を示すように三州足助屋敷(写真3)、足助城(写真8)、東海自然歩道ルート、伊勢神高原、寧比曽岳、綾渡高原、神越渓谷などの観光資源に恵まれ、年間130万人余(足助町過疎地域自立促進計画による。別な資料で220〜230万人とするものもある。)の観光客が訪れることもあってか元気がよい。

山里の魅力、ものづくりの魅力、人のつながりの豊かさをモットーに「まちづくり」をすすめ、数々の成功を収めてきた自信をもっている。後述のように、香嵐渓には長い歴史があり、昭和50年代以降については、木本昭平、小沢庄一、矢沢長介といったキャラクターが、知恵をかたむけて地域づくりをしてきたという積み重ねもある。(写真1、表3)

さて、平成7年国調によれば、足助町に常住する就業者・通学者5,540人のうち、自市町村での就業者・通学者が2,961人で、53.4%、他市町村での就業者・通学者が2,579人で46.6%となっている。

このように、他市町村への通勤・通学者が多いことは、トヨタ自動車本社及び多くの関連企業が立地する豊田市に近接しているためである。

名城大学法学部特別講義(平成2年6月9日)で、当時の足助町企画課長木本昭平氏は次のように言っている。「足助町は、豊田市に2年先がけて、明治23年に町制がしかれ、今年で100年を迎えましたが、いまだに町のままです。お隣りの豊田は、大都市となり、世界のトヨタ自動車の本社をかかえています。…いま足助町から豊田市役所に58名、トヨタ自動車本社に218名、関連企業に約1200名の人達が通勤しております。トヨタという大きな経済圏の中で、完全に新しいコミュニティが形成されてきました。」(名城大学法学部編『列島縦断まちづくり論 PARTII』―91年 第一法規―所収)

また、平成8年9月19日の過疎対策研修会で、当時の足助町長真野昭一氏は、「大都市近郊の山里の魅力」を足助の町の第1の特徴としてあげ、ついで、「歴史が育んだ文化の魅力」、「知恵が生み出した交流の魅力」と続けている。(過疎情報平成8年12月号)

第2の点について敷衍すれば、足助は、江戸時代の流通の重要拠点であった。現在の中心市街地を形成する旧足助町は、江戸時代後半から明治時代にかけて、尾張三河と信州を結ぶ伊那街道(中馬街道《現国道153号》・塩の道)の中継地点として栄えたのであり、現在もその面影を残す古い町並が残っているし、文化財も少なくない。

第3の点は、東海一の紅葉の名所とされる香嵐渓の形成とそこから発展させた三州足助屋敷、福祉センター「百年草」、足助城などの建設とそれらを活用した交流である。

 

 

 

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