3. 集合住宅と脱マイカー
□各地における自動車交通抑制への検討と対策の事例
集合住宅と脱マイカー時代
−欧州のカーシェアリングとカーフリーシティ−
共立女子大学助教授 青木英明
はじめに
車は集合住宅やニュータウンの計画に大きな影響を与え続けてきた。通過交通を住区に呼び込まないための工夫、歩行者や自転車の動線を自動車のそれと分離するための発明、そして生活道路で事の速度を遅くして歩車共存をはかる計画など、人々は様々な知恵を働かせてきた。そしてまた新たな波が…マイカーのない街区の試みである。
わが国でもCar Sharing実験開始
1999年(平成11年)10月27日付け東京新聞は、多摩ニュータウンにある稲城市光陽台のカーシェアリング実験が開始したことを報じた。稼働しているのは、ダイハツの電気自動車(EV)のアトレーに、通産省の外郭団体である自動車走行電子技術協会(東京都港区)が開発したシステムを組合わせたものである。地元団地の主婦87人をモニターにして、「EV 住宅地セカンド・カー・システム」という名称で、今年1月から12月まで実験を行なう。あらかじめ会員には、ICタグと呼ぶカードを配布しておき、会員は車(EV)が必要になとき EC管理センターに電話で車を予約し、団地周辺に5カ所あるいずれか指定のEV専用駐車場に出かけて行って、このICタグを非接触式センサーにかざし車のドアを開ける。車中にあるグローブボックスの中には、エンジンキーが入っている。使い終わると専用駐車場に返却するだけだ。使用するEV車は、航続距離が40kmと短いため、管理センターではITS(高度道路交通システム)で走行中の各車の位置、燃料消費、ドアロック状況などをモニターしており、もし電池切れが起きそうになっても車載のカーナビゲーションシステムから「燃料が不足しているので、誘導します」というアナウンスを流し、モニタ画面で充電スタンドを指示する。
このシステムは、一般にカーシェアリング(Car Sharing)と呼はれる。車の利用がうまく広がるとマイカーが不要になり、都市では駐車場が縮小でき、団地では車庫のない住宅が出現する。マイカーを持たない住区計画とカーシェアリングを組合わせたものを近年カーフリーシティ(CarFreeCity)と呼んでいる。わが国でも集合住宅にレンタカー会社が入居したものとして武庫川ニュータウンが知られるが、そのコンセプトに新しさはない。カーフリーシティには幾つかの前提条件があり、これまでわが国には実績が全くなかった。先鞭を付けたのは、欧州諸都市である。現在通産省と同外都団体、また運輸省の環境部門、そして建設省と研究所、それに複数の自動車メーカがようやく個別に実験を開始した。ここではまずカーシェアリングについて概観し、次にカーフリーシティについて整理する。まとめでは海外のそれとわが国の目指す方向性の違いなどについても考察する。
欧州のCarSharingの起源
1987年にスイスのスタンス市にカーシェアリング会社ATG Auto Teilet Genossenschaftが、同年チューリッヒ市にもShareCom が、お互いに無関係の状態で誕生した。ATGのねらいはマイカーの利用機会を減らしそれにより環境への負荷を軽減することで、細々とやってきたものが徐々に会員数が膨らみ、90年代に入ってから急増した。1996年現在でスイス国内の会員が6000人弱、車も約300 台を保有する。