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六 総括

交通事故の激増、地震・水害など自然災害、原子力などの化学災害の危険、急速な高齢化による事故の増加などにより、現代社会は国・地方公共団体の危険管理的公共サービスを求めている。つまり、社会国家の生存配慮行政は、今日の市場経済社会の下で、自主・自助の市民努力を求めているとしても、超個人的な災害危険にたいする安全確保の救急救命業務の発動を求めている。日本国憲法の「個人の尊重」はその意味で救急業務の実効性確保をつねに求めているのである。とすれば、今日の警察・消防は、依然としてわたしたち市民の生存配慮の基本、その不可欠な公共サービスの担当者として、その存在意義を再確認する必要があるであろう。

二〇世紀の初頭にドイツで活躍したユダヤ系公法学者ゲオルク・イエリネクは、「国家における国民の法的地位」に「受動的地位」「消極的地位」「積極的地位」「主動的(能動的)地位」があり、無権利、自由権、受益権、参政権をそれぞれに対置させた。一九世紀ドイツの憲法・警察法、その影響下にあった明治憲法・警察法では、今日消防警察の一環とされる「救急業務」は行政警察的緊急権の反射的利益としてその恩恵・救貧的性格が強調されていた。人権観念の稀薄な精神的風土の一九世紀、二〇世紀前半のドイツ、日本は、第二次大戦後民主国家への再建を誓って基本法、憲法を制定した。人間的尊厳性の確保―人権の最大尊重を国民主権の存在目的と連動させる結果、国民代表議会の信託立法的活動は、救急救命業務の法制化を促した。イエリネク理論を飛躍させれば、人権の最大尊重は社会国家・福祉国家的受益権、つまり社会権の積極承認である。現代の社会国家・福祉国家では、自由権と受益権は「個人の尊厳」的人権において統合されるべきである。たとえば、介護保険法の「介護受給権」は「立法を停止条件とする」社会権であり、生命維持措置サービスの緊急避難的事務管理的受益権は、人間の尊厳性維持の基盤、人間それ自体の存在保障と不可分である。それゆえに、個人の尊厳権は、人間的存在確保権・生命維持存続権・救急救命サービス受益権を下限とし、さらに人間の自主独立性の確保・権力的介入拒否権・自由権を上限とする複合的人権といえよう。個人のより文化的な生存条件の整備は国会の政策裁量の問題であり、このような脈絡において介護給付の制度的保障が現行憲法上も意味があるのである。

阪神大震災では五、〇〇〇人以上の死者と三〇、〇〇〇人以上の重傷者を出した。そこで露呈された救急業務の麻痺状態はいまその抜本的改善が期待されている。しかし、どのようにそれの実現がはかられるべきか。救急業務の比較法的広範な検討によってより合理的な改善が可能となるのではあるまいか。現行憲法では行政警察はその内容に着目して各専門行政機関に権限分掌の個別法が制定された。消防警察は一九四八年(昭和二三年)市町村警察から独立し、消防組織は市町村長の指揮監督下に入り、消防業務は市町村の固有事務となった。しかし、広域犯罪に対応するため一九五四年(昭和二九年)に警察法が改正され、警察は府県単位に再統一された。消防警察に救急業務―救急搬送を導入したのは一九六四年(昭和三九年)のことであるが、憲法の地方自治理念の下で自治体消防の枠組みを守るにしても、大災害時の広域的防災行政・救急救命出動の障害は取り除かれなければならない。改革はヘリコプターの救急搬送システムの問題に限られない。政府関係機関、自治体関係機関の恒常的な点検によって、憲法理念から遠い現実がより憲法理念に近づくことが切望されてやまない。

 

 

 

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