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花江さんが戻ってきたのは、臨終から10分ほどたってからで、ベッドに横たわる眞一さんの遺体を見向きもせず、いきなり2万5千円などと言い出すもんだから、この人、頭がおかしくなったんじゃないかと、和恵さんは思った。

花江さんは後妻で、眞一さんと先妻との間に息子が一人いる。仲が悪い。家の金庫には、土地・家屋の権利証や預貯金通帳、現金、株券など眞一さんの財産や重要書類が全部入っている。これを先妻の息子に押さえられたら一大事だ。そこで急いで家に戻った。金庫の鍵を探した。見当たらない。急ぐのだ。仕方なく鍵屋を呼んだ。金庫の扉は開いた。花江さんは、中にあったもの一切合切、自分の手提げ袋に詰め込んだ。鍵屋から請求された費用が2万5千円。高い。足元を見られたんだ。畜生、あのタヌキめ!

先妻の子と後妻・後妻の子、それに妻と愛人など、相続で必ずもめる。しかもこの争いたるや積年の憎悪とおん念が激しくぶつかり合って解決の道が見えにくく、調停委員もお手上げになる。遺言できちんと財産の交通整理をし、争いの芽を摘んでおくこと。これはもう、社会的義務である。

 

 

 

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