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そこで、差別が禁止されているのは、産品に関してか、それとも供給者に関してかということが問題となる。上述のように同条同項は、産品・サービスと供給者との両者について規定して、条文からはこの点が明らかではない。もし同条同項に「供給者」の文言が含まれる点を強調して、これを供給者に関して差別することを禁止するものと解釈することができるとすれば、マサチューセッツ州側の主張のように異なる供給者の間での区別が可能となり、本件では許容される区別となる可能性がある(23)。しかし、反対に同条同項に「産品・サービス」という文言が入っている点を重視して、産品間の差別が禁止されるものと解釈すれば、本件では許容されない差別と判定される可能性もある。ちなみに、イルカを混獲する方法で漁獲したマグロの輸入禁止が問題となった事件で、モノの貿易に関するGATTでは、内外無差別を規定する第3条及び同条の註釈の解釈に関して、同条はマグロという産品に関して無差別を要求するものであり、イルカを混獲するかといった漁獲方法等の生産過程及び生産方法(product and production method:PPM)に適用される措置を同条から除外した。この結果、内外無差別に適用されるPPMであっても第3条の註釈が適用されず、当該PPM措置が輸入制限として実施されている限りにおいては、第11条1項の数量制限違反となると判示された(24)。この議論との類比より、政府調達協定の下では、締約国は対象機関の基準額以上の対象調達に他の締約国を参加させる義務を有しており、製品に基づく差別以外の供給者に基づく差別は、この義務違反となると主張しうる可能性がある。

次に、協定第8条b項の供給者資格審査要件違反の主張を検討する。同条は制限公開入札を実施する際に、事前に資格審査を行う場合につき、考慮すべき諸要素について規定するものである。当該マサチューセッツ法は、対ビルマ取引を有する企業に対して10%割増しオファー価格を適用する旨を規定しているが、しかし、政府調達に際して入札資格に何らの制限は加えておらず、一般公開入札を適用しており、したがって本条は不適用とされよう(25)

さらに、落札基準を定める協定第13条4項b号違反の主張を検討する。本条は「最低価格による入札を行ったもの又は公示若しくは入札説明書に定める特定の基準により最も有利であると決定された入札を行ったものを落札者とする」旨を規定している。そこでマサチューセッツ州側からは、当該オファー価格の10%割増しがビルマでの状況へのマサチューセッツ州の関心を表現した基準」であるとの主張がなされる可能性があろう(26)。これに対しては、このような基準の設定を締約国に許容すると政府調達協定の譲許価値を著しく減少し、譲許の均衡を害する危険が存在すると反論することができよう(27)。すなわち、GATTをはじめとする通商協定は、交渉時に各国間で譲許価値(市場アクセスの大きさ)の交換が行われるが、協定はこの譲許価値の微妙な均衡の上に成立している。政府調達協定もこの例外ではなく、交渉時に相互主義に基づいて、各国間で相手国に提供する市場アクセスのバランスがはかられている。一度成立した政府調達協定が、その後になって締約国よりの一方的な制限、ここではビルマと取引を行う企業に対して、マサチューセッツ州は差別的な調達を実施するという限りで外国企業に対して制限を課することにより、他の締約国に対して与えられていた市場アクセスを一方的に制限することにより、当初成立していた譲許価値のバランスが転倒されることになるという反論である。このようなことが自由に許容されるならば、条約交渉相手国はこのようなことが生じることを見越して、自国の市場アクセスをより少なく提供するか、そもそも交渉自体が成立しない可能性が出てくる。

最後に、非違反申立の主張を検討する。非違反申立とは、上述GATTのような譲許利益の均衡の維持を図るための通商協定に特有な制度であり、たとえある締約国のとった措置が協定違反ではなくても、当該措置により他の締約国の譲許利益(=獲得した市場アクセス)が毀損された場合には、合法的行為に対しても紛争解決手続の申立が可能となるという制度である。GATT/WTOでは、措置により利益の無効化・侵害が生じた場合に紛争解決手続の申立が可能とされ、代償の提供又は報復(譲許の撤回)という効果を通じて、均衡の回復がはかられる(28)。違法行為に対する場合には、それによる利益の無効化侵害は一応の推定がなされ、しかも反証は困難とされるという慣行が成立した結果、その成立は非常に容易なものとなった(29)。これに対して、合法的行為に対する「非違反申立」の場合は、政府の措置の結果、譲許利益が合理的期待に反して毀損される必要があるという判例法が形成されたが(30)、その漠然性故に法的安定性を害する危険が大きいことから、従来制限的に運用されてきた。この主張を本件に適用すると以下のようになる。

 

 

 

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