第6回観光に関する学術研究論文の審査を終えて
審査委員長・東京大学教授
西村幸夫
第6回を数える今回の観光に関する学術研究論文には前回を上回る24編の応募があった。いずれも力作揃いで、審査は難航したが、審査員一同心地よい疲労感を覚えた。今回の特色は、若手の応募が大幅に増えたことで、観光研究者の登竜門として、本企画が定着してきたことを実感する。一面、実務者からの応募がやや停滞しているが、実践に裏打ちされた説得力ある論文が実務家から生まれることを期待したい。
第1席を受賞した小長谷悠紀氏の論文は、競走馬産地への旅というユニークな題材を発掘し、競走馬の牧場見学史を年代別にまとめ、その背景と要因を分析するという魅力的な論文である。学術論文としての体裁も整っており、視点の独自性だけでなく、研究者としての力量も感じさせる好感の持てる論文に仕上がっている。難点の少ない論文でもあり、審査員全員から一定水準を越えているという評価をもらった唯一の論文であった。
第2席の1を受賞した中根研一論文は中国の秘境に伝えられる野人伝説をもとにいかなる観光プロモーションが展開しつつあるかをつづったドキュメントである。学術論文というよりもノンフィクションに近いともいえるが、視点は他にない独自のものであり、資料収集の困難さを考えると、こうした記述形式となるのは理解できる。また、これを無味乾燥ないわゆるアカデミック・ペーパーとして仕立てあげると、現実のダイナミックなブームの面白さが伝わらないだろう。このようなユニークな発想を持ちつつ、継続して地道な研究活動を続けられることを望みたい。
第2席の2を受賞した神田孝治論文は、南紀白浜温泉を例に、リゾート形成プロセスを丹念に追いかけ、いかに象徴的なレパートリーとして異国のイメージが強調されていったかを明らかにした力作である。戦前の地元新聞の記事にひとつひとつあたるなどデータの収集には並々ならぬエネルギーが注がれている。全体をヘテロトピアとしてのリゾートという概念のもとにまとめようとしている部分にやや強引さが見られるが、論述の水準は一貫して高いといえる。
このほかにも奨励賞に見られるように、高山における高齢観光者の受け入れや金沢での技術体験型観光、さらにはタイのエイズ問題を扱った論文など、興味深いテーマを扱った論文が少なくなかった。統計分析手法や提言の部分にやや説得力を欠くところが散見されたが、概して自分の眼で対象を見つめて議論を進めようとする姿勢が感じられ、好感が持てた。