大きな構えみたいなものから入っていくタイプの作曲家ではないし、抒情的でありながら、情感のドラマで音楽を押し進めていく人でもないから、大曲でどういう能力を発揮するのか、聴いてみたい。
猿谷●あと、武満さんの音楽をこよなく愛しているというのも、彼を特別な存在にしていると思うんです。ナッセンがロンドン・シンフォニエッタで武満作品を録音したCDを聴くと、彼が、武満さん独特の間の取り方や響きの世界に非常に傾倒していることがわかるし、また、それが彼の特に70年代以降の作品に反映されていると思います。ご存知のように武満さんもナッセンのことを非常に高く評価していて、「音楽についてとても真面目に考えている人だ」とおっしゃっていたのが印象に残っていますね。
ファンタジーと職人気質
沼野●ナッセンを作曲家として有名にしたのは、やはりふたつのオペラ《かいじゅうたちのいるところ》と《ヒグレッティ・ピグレッティ・ポップ!》ですよね。センダックとの共作というアイディアは、どこから生まれたんでしょう。
猿谷●ナッセンもオペラを書きたいと思っていて、センダックも自分の作品をオペラにできないかと思っていたところに、たまたま二人の共通の友人がいて、間をつないだら、とんとん拍子に話が進んだそうですよ。
白石●オペラにしても《ホイットマン・セッティング》にしても、選ぶ題材が形而上学的だったり、現実から離れた世界を表現していたり、というところがありますよね。一方で、指揮者としても、作曲家としても、クラフトマン(職人)気質があって、現実的な能力も非常に高い人。その両方が組み合わさった才能というのがおもしろいと思うんです。後の部分は、努力の賜物なのかもしれませんけれど。
猿谷●あの詩にこだわりを持っているヘンツェが「オリヴァーは言葉に対して非常にデリケートな感性を持っている作曲家だ」と言っていました。詩の持っている世界を表わす彼のセンスというのは、すごいものがあると思うけれど、それこそ息の使い方まで指定してくる、というのは、クラフトマンとしてなのかもしれないなと思います。ファンタジックな部分とクラフトマンとしての部分という、本来なら相容れない要素を併せ持っている感じがしますね。
沼野●それは本当によく分かります。まずは職人として自らに厳格な枠組みを設定した上で、可能な限りファンタジーを追求しようとしている。こうした、現実主義者でもあり、夢想家でもあるところが、彼の魅力でしょう。