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私は福生という多摩川の上流に小学校低学年の時いたんですけれども、自分の小学生としての人生の中で、小河内ダムを見に行きました。羽村の浄水場とか、福生市の下水道処理場も見に行きました。普段は学校帰りに、多摩川の川原で遊んで、ザリガニの池とかをつくっていて、それが出水で流れて、泥だらけになったりとか、そういう川の出水時の変化のときとイベントのときを見ているんですね。その体験がずっとつながらなかったんですけれども、30才を過ぎて、土木学をちょっと学ぶようになって、ザリガニ池が流れちゃった話とダムで洪水調節をしているとか、浄水場から水を取っていっちゃって、東京に直行して、自分たちの川を通らないで、水が海まで行ってしまうという話が全部、一連のものだったんだというのを、やっと気づいたというのがあるんですよ。ですから、そういった川や海というと、すごく遠いところではなくて、もう既に教育プログラムで見学に行く中から、いくらでもつくっていける部分だと思います。川・海・水といったら、どの学校でも、それなりの場所があるし、既存の社会見学で行っているところと、今、宇多さんが国土交通省で、すごくリアルに悩まれている社会の水の管理の問題とか、ほんとうにオーバーラップすることなんですね。

それで、私は講演の中で、ジレンマという話をしましたけれども、なぜ、それを思うかというと、私自身が大学生のときの10年前に習ったことが、今はもう違うということがあるんですね。だから、私が自分が教官という立場になって、学生さんに、これが正しいとか、これが金科玉条だと言えなくなっちゃったんですよ。それぐらいの短いスパンで、世の中の価値観がどんどん変わっていくときに、どうやって受けとめる能力を学生さんに持ってもらうかというのを最近考えています。私自身は、授業の中で、ああいう考えもある、こういう考えもあるという考え方のスペクトルというのを出して、それぞれの主張に、それなりの意味があってというのを、学生さんたちに議論してもらったり、一緒に見に行ったりするようにしています。

ですから、今までの学校では、ダムは世の中に必要で、砂漠を緑化することはいいことだと言っていて、大人になったときは全然逆になっちゃったというと、何だったのかなと思いますよね。だから、1つのことをやるにもジレンマがあれこれあるということを、身近なところから見出していくということが、総合化への第一歩なのかなと思います。

以上です。

【濱田】 ありがとうございました。また、大変大切なキーワードがいっぱい入っていますけれども、関連して、ちょっと僕の話も一言だけ挟めさせていただきます。

環境という言葉が、このごろ、イージーに使われていますので、例えば総合的な学習の中にも環境が入る。環境学習が全く無縁というわけではありませんけれども、環境学習とか、環境問題ということと、環境の科学ということが、めちゃくちゃに扱われているんですね。特に新聞なんかではそうです。社会問題として扱うときに、これは環境問題と言いますけれども、これは環境科学とすれば、病的な局面だけを取り上げているんですね。ですから、新聞を使って学習をしようというような呼びかけの中には、そういう偏った面だけしか見えてこない危険も含んでいるということを、学校の立場としてははっきり認識していただかないと、総合の学習にはつながらない。

 

 

 

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