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日本の伝統的な価値観としてはもちろん「迷惑をかけない」ということでしょう。これもすばらしい教え方ですが、もっと積極的に、誰かの役に立ちたいと考える人も多いものです。もしかしたら彼女のいちばん大きな心の悩みは、もう何も役に立つことができないということだったかもしれません。ですから、私たちも死にゆく患者に対して何をするべきかだけではなく、何を学ぶことができるかと考えることも大切です。

次に、死の四つの側面について考えましょう。普通、「死」といいますと、ほとんど決まって肉体的な死を考えるますが、私はいつも四つの側面から区別します。心理的な死、社会的な死、文化的な死、そして肉体的な死です。私は、大学院生の頃にアメリカのいろんな老人ホームで研究したことがあります。そのときに気がついたのですが、ある年寄りは肉体的に死ぬ前から心理的には死を体験していました。つまりもうぜんぜん生きる意欲を失ってしまったらそれはもう、心理的な面では死を迎えた状態といえるんですね。

そして第二は社会的な死です。子どもたちが見舞いに来なくなれば、入院中の親は孤独のうちに最後の日々を過ごすことになります。これが社会的な死です。ですから、私の生まれた国、ドイツでは、中学校や高等学校の死への準備教育の教科書のなかで一つの大きなテーマとして、社会的な死を扱っています。そこでは、あなたのおとうさんやおかあさんは、20年以上も苦労してあなたを育ててくれたのです。もしその親が入院したら必ず見舞いにいってください。そうしないと親は孤独のまま死を迎えます。これは社会的な死、ですとはっきり書いてあります。私もこれからの日本の教育のなかで、こうしたことを教えて欲しいのです。最後の段階で親がいちばん期待しているのは子どもがそばにいることでしょう。さっき、日野原先生も強調なさったようにそばにいるということが大切なのです。ドイツ語でのシュテルベベグライトングです。ベグライトングは共に歩むということです。誰もが最期まで社会的な死に陥らないようにすべきです。次の文化的な死というのは病院であれ、老人ホームであれ、一切文化的なうるおいがなければ、それは文化的な面での死といえます。

日本は医療技術の進歩によって、現在の日本人の平均寿命は世界一長寿になりました。これはすばらしいことですね。日本の男性はドイツの男性よりも長生きします。だから私は日本に来ました。賢い選択でしたね。

私はときどき医学関係の学会で講演します。そのあとで、よく人間が長生きするにはどうしたらいいかといういろんな発表を聞きます。ある研究によりますと、毎日泳ぐ人はだいたい6年間平均寿命より長生きするそうです。私も毎朝上智大学のプールで泳ぎます。

 

 

 

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