東京大学・大坪英臣
はじめに
1997年のナホトカ号の海難事故による油汚染を踏まえて、同様な事故の再発を防止するために、日本政府は別報にあるように、IMOに提案を行っている。老朽タンカーに対しては十分な縦強度を保有していることを確かめるために縦強度の評価を要求するための、IMO決議A.744(18)の変更提案である。この提案は、RR74において、1998年より実施された老朽船安全対策に関する研究結果に基づいてなされている。ここでは、縦強度評価の要求される老朽船の条件また強度評価をすることの技術的裏付けを中心にして研究結果を紹介することにする。
1. ナホトカ号の折損事故と油汚染
1997年1月2日に、ロシア船籍のタンカー「ナホトカ」号(19,800DWT、船齢27年)が島根県隠岐島沖の日本海において船首部が折損し沈没した。積載していた重油約20,000キロリットルのうち約6,200キロリットルが流出し、島根県から秋田県までの日本海沿岸に漂着し、多大な油汚染をもたらした。船首部は重油を漏らしながら漂流し、7日に福井県三国町沖に座礁した。船尾部は隠岐島沖の北東140キロメーター沖に沈んでいる。事故の原因は、日本側事故調査委員会の結論によると、衰耗による上甲板および船底のフランジ面積の減少による縦強度不足であり、日本海において年に一回発現する程度の荒れた海象によって生ずるサギングモーメントに耐えられずに折損した。また、ローディングマニュアルにない積載をしており、切断断面に大きなサギングモーメントを発生させていたことも副次的な原因であるとされている。
船体は1993年に船体中央部の甲板の一部切り替えていた。しかし、折損は補修していない補強中央部の船首側の隣接部(SS6.9)で生じていたと考えられる。荒れた海象では波浪モーメントのピークは比較的静かな海象と比べて船首側に移動することに注意しなければならない。また、折損は、サギングモーメントによる上甲板部の座屈から始まり、その直後に船底部のロンジの溶接不良部から船底板が切断し、上甲板部への圧縮応力は増し、上甲板部の座屈が進行した。その後の繰り返しのモーメントにより、断面が切断したと考えられる。なお、推定衰耗は上甲板で舷側タンク部で7.5mm(34%)、中央タンク部で4.0mm(18%)、船底外板では6.0mm(27%)になっており、崩壊強度は建造時の半分になっていた。なお、ロンジの一部は甲板から離脱していて、曲げ強度に対しては寄与していなかったために、甲板の座屈強度は低下していた。
2. 強度評価の要求案
日本政府はIMOに対してA744(18)の修正提案の概要は以下の通りである。
老朽油タンカーの折損油流出事故を防止するため、板厚衰耗が著しく進行している極く限られた老朽タンカーに対して、縦強度の評価を行うことを要求する。
日本は、ナホトカ号の事故を踏まえて、衰耗に関しての注意を促すために、局部構造部材の衰耗限度をsurvey report fileに記述することをIMOに提案し、A.744(18)が改正され、1999年7月1日から実施されている。日本はさらに、個々の部材が衰耗限度内に収まっていたとしても、船体に全体的衰耗が進んでいる場合には、船舶縦強度が不足して折損することがあり得るとし、上記の縦強度評価を行うことの要求を提案している。