今回観察された移動速度は、過去の報告と比較してもかなり高いといえる。これは特に1998年の白化により餌となるイシサンゴの多くが死亡し生サンゴの被度が低いことと、オニヒトデがそれほど好まない塊状の種のサンゴ(キクメイシやハマサンゴなど)が優先していたからと推定される。今後、サンゴの被度の大きい場所で、オニヒトデ個体群の存在が確認されれば、オニヒトデの移動のデータを収集・蓄積し比較検討する必要がある。
一方、それぞれの個体ではなく、個体群全体の移動をベクトルの合計としてあらわすと、1日目で3.4mと非常に小さいものとなる。しかし、海中公園センター(1984)が西表島の崎山湾の行動実験で観察した移動距離は今回の観測値よりも小さいものであった―海中公園センターは114個体のオニヒトデを収集しそのトゲを刈り込むことで標識づけたのち、全ての個体をサンゴ礁上の1ヶ所から放流、21日後にそのうちの45個体を追跡し全個体の中心が約3m移動したと報告している。
今回の研究で得られた速度や海中公園センター(1984)が得た速度は、オニヒトデが実際にサンゴを食害しながら移動したとして過去に報告されている速度に比べて小さい。例えば、Chesher(1969)は、1ヶ月に1kmの速度でグアムの裾礁が食害されていると報告した。また、オニヒトデ個体群の移動速度を約100m/月と見積もった報告もある(Ormond & Campbell 1974―海中公園センター1984に引用)。福田(1976)はオニヒトデ集団が鳩間島で2年あまりかけて2kmほどのサンゴ礁を横切った様子を報告している。さらに、岡地(1998)は、グレートバリアーリーフ上を1年に50〜90kmの速度でオニヒトデ戦線が南下して来た様子を示している。しかし、これらは、同一の個体からなる個体群がこのような速度で移動したことをあらわすものではない。
今回観察された全個体の移動が3m/dayというのは、低く見積もられた結果である可能性がある。つまり、移動距離の大きな個体と小さな個体がいたとすれば、標識を付けた個体を再捕獲することの出来る可能性は移動距離の小さな個体の方が高いであろうからである。これらの問題を解決するためには、何らかのより信頼性のある標識方法の開発を待たねばならない。
今回の実験結果はオニヒトデ駆除の効果を維持することの困難さを示した。しかし、オニヒトデの駆除効果、必要な緩衝帯、要求されるパトロールの頻度などは、サンゴ被度、優先するサンゴ種、さらには波浪や水温などの物理的な条件にも左右される。今回は、あたえられたあるひとつの条件下での行動を観察したにすぎない。異なる条件下での駆除効果を予測するためには、さまざまな条件でのデータの蓄積が不可欠である。