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みること

亀田勝治

 

解剖実習の始まり……。初めて御遺体と対面する瞬間であり、生きていない人間との対面だった。周囲の友人の、普段通りの何気ない会話が広がっている実習室から少しずつ緊張と恐怖と不安の色が漂い始める。不快な気分が胸のなかにこみ上げてき、同時に身の引き締まっていくのを感じた。「がんばらねば……」

慣れというものは恐ろしい。二日もすると解剖の作業に必死になり「死」のイメージは頭から無くなり、実習に没頭した。それからしばらくは、御遺体への感謝の念と医学生として解剖をやっているのだという自負心から緊張感のある実習ができた。しかし、一ヶ月後に私は一つの壁にぶつかってしまった。予習した場所がうまくみられなかったり、長時間の作業の末、名前と部位の確認に終わる毎日。自分が思い抱いていた実習ができず「実習とはこんなものか」と何となくあきらめにも似たような気持ちがうまれてしまっていた。

そんなとき御遺体のYさんから一つの破格が見つかり、その部位をスケッチすることになった。今までとは違い、一つの箇所をじっくりと観た。

 

 

 

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