解剖学実習を終えて
下野綾子
九月から十二月まで、ほぼ毎日あった解剖実習が終わりました。第一日目に、全員で黙祷して御遺体と初めて対面した時の事を覚えています。白い布の下には、自分の親族の葬式でしか見たことのない死者の顔があり、緊張と、自分が今から行う事の重大さに思わず目眩がしました。といっても、おじけづいているだけでは実習は進みません。先生方の指示通りにとりかかることになりました。
今までずっと本の中や授業中に学んだものでした。絵や写真、文章で何度もお目にかかっていましたが、自分で解剖をすると、その時と比較にならない程の存在感や現実味をもってせまってくるのが分かりました。神経の走行や、それが支配する筋。血管のつながりや名称。腸間膜など、発生からの知識。ありとあらゆる所を解剖するにつれ、どんどんと世界が広がり、体の様々な場所があらゆる方法でつながり、機能しているのが理解できました。それと同時に、自分がいかに理解が浅かったかも分かりました。生徒が右往左往していると先生方が手をかして下さいました。
実習の合間によく考えたのは、献体をして下さった方々のことでした。もちろん、どの方も私より高齢でおられて、ここにこうして私がお会いするまでに様々なドラマがあったであろうことは、簡単に想像できました。また、遺族の方々はどんな気持ちでおられるだろうとも考えました。