御遺体は一番の師
吉田健史
初めて実習室に入り、御遺体と出会った日のことは今でもはっきりと覚えている。普段はあまり時間に正確とは言えない私達が、きちんと時間前に白衣に着替え、ひとかたまりになって実習室へ入ると、緑色のシートをかぶせられた御遺体が並んでいた。そして私達は、ピーンと張りつめた、緊張感あふれる厳粛な空気に押しつぶされそうな心を、準備をすることによって何とかまぎらわしていた。
私はその空気の中で、今から、もはや会話をすることのなくなった御遺体と対面することに恐怖し、御遺体にメスを入れることに、罪悪感にも似た何とも言えない感情を抱いていた。
しかし黙祷が始まると、私は落ち着いて考えることができた。
「この方は自分の意志で、私達の医学の勉強のために献体して下さったのだ。中途半端な気持ちで解剖したら失礼だ、この方とはもはや言葉を交わすことはできないが、この方の献体の意志に応えて、一所懸命解剖させていただくことこそが、まさにこの方と会話することなのではないだろうか。」
緑色のシートをはずす時、もう私の心の中に迷いはなかった。御遺体と対面した時、私は素直に、
「よろしくお願いします。」
と言えた。