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生理学、医化学等においても、それらの理解の前提として体の構造の知識が求められるのは言うまでもない。そのことを実習を終えて数ヶ月経つ今になって痛切に感じている。肉眼解剖学の講義の頃には平面上の理解であったものが立体として目の前に存在することは、疑問を一気に解消してくれたと共に、詳しい解剖を心掛ければするほど新たな疑問が生じるのだった。私の場合その例として間膜がそうであった。実習前に腸間膜の発生に伴う変化等について先生にお聞きした際に、実際に見ることでよく理解できるだろうとお話があったが、本当にその通りであった。

これまで近親者の入退院や死を何度か経験してきたが、その度に人は何故にこれほどまでに強くて、これほどに弱いものなのかと思わずにはいられなかった。実習を終えた今、その強さも弱さも少しは理解できたように感じている。

私達の解剖実習のために献体してくださった方とその方のご家族に思いをめぐらせながら実習期間は時が早く過ぎていったように思う。実習班の中で現時点で私達に「献体する勇気があるか?」という問いが持ちあがった事があったが、答えは出せなかった。ご遺体のたくましい大きな手や安らかなお顔を見ていると、私たちもこれからの人生においていかなることを乗り越えた後にこの方のような心境になれるのか考えさせられた。医師として人間として一人前になるまでには、多くの先生方のご指導をいただくだろうが、解剖実習のご遺体の方から教えられたことはあまりにも多いと肝に銘じていかなければならない。

 

 

 

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