排他的経済水域における汚染の場合には体罰が一切禁止され、また領海での汚染の場合には「故意なかつ重大な汚染」を除いて、つまり有害通航とみなされる汚染の場合を除いて、条約は体罰を科すことを禁止している。要するに領海を無害通航中の船舶については金銭罰のみを科すことができるのである。これも27条の刑事裁判権の行使の場合には、海上において船員を逮捕することが想定されており、その際航行利益への妥当な考慮が要求されるが、292条の場合は、海上の場合もあれば、船舶を抑留した後の場合もある。海上で船員を逮捕した場合にも、体罰は禁止されることになる。いずれにしてもその意味で、292条は27条の刑事裁判権の行使を体罰禁止という形で制限しているといえよう。
4 結語
以上において外国船舶の領海通航に関連する汚染の防止あるいは汚染関連沿岸国法令への違反に関して、海洋法条約の第12部の規定が導入されたことにより、どの限度で沿岸国の執行措置が強化されたか、逆にそれが、無害通航中の船舶に対する沿岸国の執行措置の実施における沿岸利益(汚染の重大性)と航行利益(船舶運航の阻害)との衡量のあり方に影響をあたえ、また少なく汚染に関連してこれを反映して第2部3節の規定(とくに25条および27条)の適用上、どのような解釈論を可能たらしめるかということを論じてきた。こうした考察は、単に海洋汚染のみならず、漁業に関しても、領海内で漁業をしたわけでないにせよ、たとえば領海(および排他的経済水域)の通航中における特定漁具の格納義務を定める沿岸国法令違反のような場合について、問題となる余地があるであろう(26)。また海洋法条約が領海の無害通航に関して、沿岸国が指定する航路帯のみを航行することを義務づけられるタンカー、原子力船、核物質運搬船など(22条2項)が、航路帯以外の水域を通航する場合には、それ自体は通航を有害にするわけではない場合でも、なお沿岸国が措置を執ろうとする際に問題となる余地があると思われる。これらのある場合には通航中の船舶に介入して刑事裁判権を行使することが適当と考えれる場合もあるであろうし、また他の場合には領海からの退去を要請する方が適当な場合もあり、それぞれ具体的な事情に応じて判断を要するであろう。