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3 船舶起因汚染に関する沿岸国管轄

 

(1) 有害通航と沿岸国の保護権

 

領海通航中の外国船舶が「故意かつ重大な(wilful and serious)汚染行為」を行う場合にはその通航は有害とみなされる。沿岸国は無害でない通航を防止するために領海において必要な措置(necessary steps)をとることができる(25条1項)。何が必要な措置であるかについて海洋法条約は具体的には規定していないが、一般には、有害行為の検認(verification)、行為の停止要求、領海からの退去要請が含まれるとされる。沿岸国の保護権の行使として取られる措置がこれらに止まるとしても、沿岸国が自国法令を適用してこれに違反する行為について刑事裁判権を行使して船舶の捜査、違反行為者の逮捕、船舶の抑留などを行いうるかは、別途検討を要する。

さてこの問題を検討する際、二つのことが前提される。第一は有害通航の法的帰結に関する問題であり、第二は領海に関する第2部3節の規定と船舶起因汚染に関する第12部の規定との関係に関する問題である。まず有害通航の法的帰結に関しては、領海における沿岸国の規制権限の法的性質と関係して複雑な問題が生じるが、現在ではこれを領域主権としてとらえることが一般的であることを前提とすれば(15)、沿岸国は領海秩序を維持するために沿岸国法令を適用する包括的な立法管轄権を一般に有し、ただ国際航行の利益を考慮して、これらを執行するために領海通航中の船舶の航行に介入することを回避するにすぎないということになる(16)。そうであれば、通航が有害である場合、国際航行の利益へ考慮することが不要となるから、沿岸国は領域主権に基づく完全な管轄権(full jurisdiction)を回復し、従って有害通航にあたる外国船舶に対して、執行管轄権を含めて、沿岸国法令を包括的に適用できることになる。つまり行政的な措置のみならず刑事管轄権を含む法令の適用が可能となる。もっとも通航が有害とされる場合であっても、事柄の性質上、沿岸国法令の適用が当然に可能になるとは限らない。たとえば海洋法条約のおける有害性の「みなし」規定(19条2項)に列挙される事項には、軍艦および政府船舶によってなされる行為が多く含まれており、これらは一般に主権免除を有する船舶であるから、それらの行為は法令を制定して規制するのになじまない性質のものといえる。これらの場合には、沿岸国は保護権の行使(25条1項)として、有害行為の検認、行為の停止要求、領海からの退去要請を行うことができ、またこれら要求に従わない場合、必要であれば一定の実力行使、すなわち領海侵犯と認定した場合の防衛行動、国家責任追及のための拿捕、強制退去など(自衛隊法上の海上警備行動など)の措置をとりうるであろう。

 

 

 

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