このような趣旨から、フランスにおける海上警察という枠組みは、わが国との比較の対象としての意義を有するものと言えるであろう。
(3) 海上交通警察
フランス国内法上、「海上交通警察」の概念を定義したものはないとされ、もっぱら学説による定義づけが試みられてきた。例えば、ジデル(Gidel)によれば、海上交通警察とは、「船舶の衝突を防止し、船舶間の通信を確保し、船舶間での相互扶助の義務の尊重を保証することによって、海上における安全の確保を図ることを目的とする」警察作用である、ということになる(7)。また、『加除式行政法』によれば、海上交通警察とは、「安全確保を目的とする、沿岸国による海上通航の組織と規制に関する警察」であり、そこには船舶と人の安全のみでなく、通商の安全の確保(違法な貿易、暴力、海賊行為の抑止等)を含む、という概念設定が行われている(8)。
これは、フランスにおいて、海上警察の中心となるのは「海上交通警察」であることを示している。わが国でも、伝統的な行政法各論の体系において、交通に関する警察の海上部門としての航海警察(海上交通警察)が論じられてきたし、現在でも、海上の法執行作用を担っている海上保安庁が運輸行政の中に位置づけられている。他方で、わが国では、近時の研究文献において国内行政法における「海上交通警察」概念が論じられることが少ないのであり、これは重大な欠落であると思われる。
フランス法において、行政警察としての海上交通警察については、次の3つのアプローチから分析することができる。第1は、船舶安全警察であり、これは船舶そのものの安全性に関する法的規制の作用であり、船舶が海上航行をする際の事前の許可制度や、船舶そのものが守らなければならない安全基準という形で具体化される。第2は、船舶交通警察であり、これは、船舶が遵守しなければならない海上交通規則に関する警察作用であり、沿岸国がその領域内において国際法上及び国内法上もっている海上交通規制の権限の行使ということになる。第3は、商業的海上交通に関する特別警察であり、違法な通商活動や海賊行為等を防止するという観点から行われる特別の規制・取り締まりをその具体的な内容とする。