海上警察の法概念の比較法的検討
―フランス法を素材に―
立教大学教授 橋本博之
1 はじめに
本稿は、海上警察の法概念について日仏比較を行うものであるが、具体的な検討に先立って、わが国の海上警察法を考察しようとする場合に、何故フランス法を比較法的検討の対象にするのか、その趣旨について記述することとしたい。
まず、最も単純な理由として、海上警察については、アメリカ法及びドイツ法についてすでに村上暦造教授の優れた研究業績が存在している一方、フランス法についてはこれを比較法的に取り上げたものが少なく、右のような意味での研究上の隙間を埋めるということがある(1)。
しかし、フランスの海上警察法を検討することには、もう少し積極的な意義があるものと思われる。そもそも、明治初期においてわが国に警察概念が導入された際にフランス警察法が参照されたことは、よく知られた事実である。とりわけ、行政警察(police administrative)と司法警察(police judiciaire)の区分といった基本概念は、フランス行政法に由来している(2)。その後、第二次大戦後の改革において、現在の警察法二条は、警察の責務の中に刑事の作用たる司法警察を含める形になったのであり、この点については、行政法学上色々と議論のあるところでもある。ところで、現在のわが国では、海上保安官による法執行作用が、海上保安庁法の構造上、司法警察に止まらず行政警察を含むことが明らかであるにもかかわらず、現実の海上警察作用は犯罪の捜査・取り締まりを中心とした司法警察に傾斜しており、行政警察に相当する法執行作用についての法理論的な解明が十分になされていないように思われる。