序章 調査の概要
1. 背景と目的
神戸港は1960年代後半の外国貿易のコンテナ化にいち早く対応し、1980年代前半までは世界諸港の中で2〜4位の貨物取扱量を誇っていた。その後、アジアの経済発展に伴なう貨物量の飛躍的増大によってシェアは相対的に低下してきたが、それでも1994年の取扱量は世界第6位であった。
そうした中、1995年1月17日の阪神・淡路大震災は、神戸港湾地域にも甚大な被害をもたらしたが、バースやクレーン等の港湾施設のハード面は震災後2年程度でほぼ全面的に復旧している。しかし、震災の年に半減した外貿コンテナ貨物取扱量は、その後の回復の足取りも重く、震災前の7割程度の取扱量で低迷しており、港湾施設の代表格として見たガントリー・クレーンの平均稼働率も10%台に落ち込むなど、港勢の停滞は年々厳しさを増している。
こうした、港勢の低迷は、景気停滞や製造業の海外シフトなどによる貨物量の落ち込みもさることながら、より港湾利用料が安価で、施設・設備が近代化され、諸手続きの迅速化など国際競争力をつけたアジアの諸港が台頭してきた事が背景にあり、アジア・欧米間の海運のハブ機能としての位置付けが年々低下していることが要因として挙げられる。また、生産拠点により近い国内地方港湾で外貿貨物を直接取扱うことや、複数海運業の提携によるバースの共用化により物流コストを下げようとする船会社・荷主が増加していることなど、神戸港の港勢を低迷させている要因は多岐に渡っている。
また、港湾施設に近接する産業団地への企業誘致も、新規の進出計画がなかなか纏まらず、広大な産業用地が未利用のまま年数を重ねている。港湾利用を高めるには近隣地・後背地の産業そのものを活性化する必要性は言うまでもなく、港湾施設・産業団地双方の活力を高める抜本的な対策を必要としている。
したがって、神戸港の港勢回復は、単に港湾利用料を下げたり、諸手続きの電子化による処理時間の短縮といった直接的対応ではままならないところまで来ており、産業振興を含む多面的な対策が必要であり、港湾の機能を従来の移動ための結節点という位置付けから、物・情報・人が集まる交流の場とし、そこに新しい産業を興す多機能化の方向性が重要となっている。
日本における物の大きな流れは、海外から原材料を中心に年間約7億トンの貨物を国内に持ち込み、加工・商品化して消費し、約4.5億トンの廃棄物を排出している。近年、廃棄物は資源の有限性や廃棄物最終処理場の枯渇、環境保全等の問題から、循環使用する必要性が強く認識されており、行政も「容器包装リサイクル法」や「家電リサイクル法」に代表される廃棄物リサイクルを法律で義務化する方向を推進している。