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沿岸域環境改善のための生態工学的手法

 

東北大学大学院工学研究科土木工学専攻

西村修

 

講演要旨

内湾や沿岸域等の海域において、富栄養化や有機汚濁による水質の悪化が長年問題視されてきたが未だ改善されていない状況にあり、なお一層の対策が必要である。沿岸域の水質汚濁の防止対策としては主に生活排水や工場排水の適切な処理を行う発生源対策が行われてきた。この結果、赤潮の発生件数は一時期に比べると減少の傾向を示した。しかし近年は横ばいの状況にあり、CODで示される環境基準の達成率もここ10年来概ね横ばいと殆ど改善が進んでいない状況にある。これは、陸域からの有機物の流入だけでなく、窒素やリン等の栄養塩の流入により内部生産が活発化し、CODが高まるためである。よって有機物を処理することを目的とした下水道の普及は富栄養化を促進する可能性があり、窒素やリンの対策を強化することが沿岸域の水環境を修復するためには必須である。

排水中の窒素・リンを除去するいわゆる高度処理技術は近年の研究開発によって著しい進展を遂げている。しかし、高度処理の導入、普及にあたっては莫大な費用やエネルギーを要し、早急な対策の展開を期待するのは困難な状況にある。また、窒素・リン負荷に関しては面源由来の占める割合も多いことが知られており、生活排水対策等の発生源対策では効果に限界があると考えられる。さらに、排水基準と環境基準の差に見られるように、現在の富栄養化対策においては自然の浄化機構に委ねる部分が少なからず存在するものの、浄化機能を発揮する生態系の場の開発・利用による劣化・消滅は著しく、それが水質悪化の一因であると指摘する研究もある。

このような背景により、最近注目されているのがエコテクノロジーと呼ばれる技術を利用した環境の浄化・修復である。この技術は自然生態系が本来有する自然の浄化機能や生物生産機能を利用し、それを強化することにより環境の保全・修復を行う手法である。この技術の沿岸域における適用例としては、人工干潟や人工藻場が挙げられる。特に水質浄化の面から考えると、干潟は多様で豊富な底生動物のすみかであり、それらによる有機物の分解能力等の浄化機能が注目されている。また、沿岸域に広く生育する大型海藻の群落である藻場については、栄養塩の固定能力が水質浄化に利用できる可能性がある。

干潟の浄化能に関して、現場プラントで生物相を制御した実験を行った結果、懸濁物食性ベントスが水中の植物プランクトンを摂取し、植物プランクトンの現存量を低下させることを確認した。一方、窒素・リンは水中に回帰し、生産力を高める働きももつことを明らかにした。結局、干潟生態系では物質の循環速度が高まり、生産力は高いものの植物プランクトンの現存量は低くなるというように、系として植物プランクトンの異常増殖を抑制する機能をもつことが明らかになった。したがって、これまでのように浄化機能として汚濁物質の系外排除にのみ着目するのではなく、生態系の物質循環機能という観点から解析・評価し生態工学的手法開発へと展開することが重要である。

藻場の浄化機能に関して、宮城県松島湾に広く自生している一年生の大型海藻であるアカモクを用い、室内実験においてアカモクの有する栄養塩吸収能に関する基本的特性を評価し、これから実海域での栄養塩吸収能の推定を行った。この結果から、実際に藻場を造成し窒素・リン濃度の低下の可能性を検討したところ、物理的には実現可能な藻場面積で栄養塩濃度の低下を期待できることがわかった。今後さらに生産された海藻の有効利用等について検討して、全体としての物質循環システムを構築していく必要がある。

生態工学的手法開発は緒についた段階であり、研究を行い試行錯誤的な技術開発・評価を経てポリッシュアップを図る必要がある。ローテクノロジーではあるが、これまでの環境保全技術に比しエネルギー効率から評価して非常に優れており、新たな生態系の場の創出による副次的効果も期待できることから、これからさらに重要性を増すものと思われる。

 

 

 

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