1. まえがき
北極海を経由して欧州と極東を結ぶ航路の啓開の試みは、かつての欧州列強諸国が極東貿易への関心を深めていた15世紀の大航海時代から行われてきている。その後、航路啓開への道は、海生哺乳類の捕獲、貴金属など天然資源の探査や探検など極域での様々な活動によって徐々に開かれ、北極海の地理的な問題の認識や自然条件などの理解も次第に深められてきた。
欧州と極東を結ぶ代表的な航路は、マラッカ海峡を通過してスエズ運河を経由する「南回り航路」であるが、ベーリング海峡、ロシアの北方沿岸、バレンツ海、北海を通過する「北極海航路」は南回り航路のわずか60%程度の航程であるため、航路の環境がいかに厳しくとも商業航路としての経済的効果は極めて大きく、その魅力は捨て難いものがあり航路啓開の試みは現在まで続けられてきた。
しかし、北極海の自然は過酷であり、優れた造船技術と航行支援システムがなければ商業航路としての利用は難しく、近年の造船技術並びに航法の目覚しい進歩を待たねばならなかった。すなわち、北極海航路(Northern Sea Route:NSR)を航行するためには、先ず北極海の過酷な自然環境を把握することが必要であり、次に氷海を航行する船舶の設計・建造技術、人工衛星を主体とする氷況等の情報を提供するシステム、並びに技術・行政・法制面での航行支援システムの確立が必要となる。
諸外国に対して長く閉ざされた海域であった北極海は、ロシアのペレストロイカを契機として国際航行海域としての開放が行われ、また関係技術開発の目覚しい進展を見た現在、NSRは極東と欧州を最短距離で結ぶ商業航路として啓開の時を迎える準備が初めて整ったと言える。
環境問題が深刻さを増し、持続的社会像が提言される現在にあってもなお、膨大なエネルギー需要を満たすため、新たなエネルギー資源を求めて、開発の手は次第に開発条件の劣悪な地域、極域へと及びつつある。特に、ロシア極域に賦存するエネルギー資源への関心は一層高まり、既に、バレンツ海及びサハリン周辺での石油並びに天然ガスの開発が進められている。
このような極域を巡る様々な動きに配慮しつつ、今後の技術的、経済的、政治的状況を念頭に置いて、21世紀における我が国のエネルギー政策及び海運動向の検討に資するため、様々な視点から商業航路としてのNSRの是非を問い、航路啓開への要件を明らかにすることが急務となった。
そこで、シップ・アンド・オーシャン財団では、1993年(平成5年)から、ノルウェーのフリチョフ・ナンセン研究所(The Fridtjof Nansen Institute:FNI)、及びロシアの中央船舶海洋設計研究所(Central Marine Research and Design Institute:CNIIMF)の3カ国の機関を中核とする国際プロジェクトである国際北極海航路計画(International Northern Sea Route Programme:INSROP)に着手した。
INSROPには、3カ国の意見を調整し基本方針を決定するために、日本財団笹川陽平理事長を委員長とする「運営委員会」(Steering Committee of Sponsors:SCS)を設け、また、併せて実際的な研究内容、課題を調整し、研究計画を調整、立案するための「共同研究委員会」(Joint Research Committee:JRC)が設けられた。